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2006年02月04日(土)   泥の海

まるで自分だけが泥の海を泳ぎきってきたかのようにふるまうのは明らかに錯覚である。誰もが各々の泥の海をもっている。それを共有することができないからといって他人の泥が自分の泥よりもゆるいだろうと見当をつけたとしても憶測の域を出ない。

誰もが疲れている。

ただそれだけが事実であり、どちらがより疲れているかを競うことになんら意味はない。「誰もが疲れている」ということを認めること、それを思いやりという。


nadja. |mailblog