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『女性死神協会 会議中02番外編2(前半)』

『決戦前日』

(二月十三日 十番隊執務室)
 十番隊執務室の扉を開けて七緒は見たものは、床に土下座している三番隊隊長市丸ギンの姿だった。
「……おう、伊勢か。いいところに来たな」
 ソファに反り返って座っている日番谷が七緒に目を向け、不機嫌そうな顔で言う。
「市丸のこんな格好、滅多に見れねえぞ」
 その横で乱菊はソファの背に腰掛けるようにして苦笑している。ギンはというと、床に正座したまま上半身を起こし、
「君が首を縦に振らんからなやいの」
と抗議する。
「だいたい、どうして君が副隊長の行動を制限しはるん? ボクに物贈るん、彼女の自由やないの」
「たかがチョコ一つで床に這い蹲るような男に、松本からのチョコをやるはずがねえ」
 日番谷が冷たく言い放ち、ギンを見下す。ギンも負けじとばかりに酷薄の笑みを浮かべた。
「いややねえ、これだから度量の狭い男は。更木さんなんぞ、ボクがやちるちゃんに頼んどるの笑って見てはったけどなあ」
「それは哀れに思って蔑んでたんだろ」
 二人の隊長からじわりじわりと霊圧が放たれ始める。黙って眺めていた七緒は溜息をついて眼鏡の位置を直した。
「お取り込み中のところ失礼致しますが」
 七緒が声を掛けると、二人が同時に霊圧を引っ込めて顔を向ける。
「つまり市丸隊長は、松本副隊長のところにチョコレートの催促にいらっしゃったわけですか」
「そうや」
 市丸と日番谷が同時に頷く。
「そして草鹿さんにも」
 市丸は頷いた。七緒は二回目の溜息をつく。
「もしかして、先程八番隊に私を訪ねて来られた用件というのは」
 七緒の問いかけに、市丸はへらりと笑って、
「義理でええねん。チョコくれへんやろか?」
と言った。七緒は脱力してがっくりと項垂れる。それを見て日番谷は満足げに頷いた。
「ほれ見ろ。伊勢も呆れてるじゃねえか。チョコの数なんざ気にしてんじゃねえよ」
 その言葉に市丸がきっと日番谷を睨み上げる。
「君は副官さんが女の子やさかい、確実なんやからそらええやろ。ボクなんかイヅルなんやで。イヅル、さりげなくいつのまにか他隊の子からもチョコ仰山もろうとるんやで。ボク隊長やし、他隊の子は恐れおおいんか知らんけど、全然くれはらんもん。三番隊は野郎ばかりやさかい、期待できへんしな」
「隊長が理由じゃねえだろ。単にお前がもてねえだけだ」
「失礼なお人やなあ。ボク、めちゃめちゃもてるわ。虎徹姉妹のお二人さんもやちるちゃんもボクが口を開く前にチョコくれる言いはったからな……それに、雛森ちゃんもくれはるんよ」
 日番谷がぴくりと片眉を上げた。
「……言っておくが、雛森からは毎年もらってるぞ。この習慣が認知されるようになってからずっとな」
 ギンはにやりと片方の口の端を上げて笑う。
「残念やなあ。ボクも毎年や。しかも多分ボクら、同じレベルのチョコもろうとる」
「いいや。俺の方がお前よりいいもんもらってる」
「そらまた、残念ですなあ。日番谷隊長、ボクらより上があるよって」
 眉間の皺がじわじわと深くなる日番谷を見て、市丸は楽しそうに声を低めた。
「ボク、藍染さんが雛森ちゃんからもろうたチョコ、見たことあるさかい」
 日番谷からひやりとした霊圧が放たれた。負けじと市丸もまたちろちろと霊圧を放ち始める。七緒は黙ったままの乱菊を見た。乱菊は苦笑したまま、七緒に肩を竦めてみせる。七緒は三回目の溜息をついた。
「市丸隊長、義理は一枠しかございませんので、同情チョコでよろしければ差し上げます……味は保証致しかねますが」
 七緒がそう言うとギンはへらりと笑って霊圧を引っ込めた。そしてその顔のまま乱菊を見上げる。日番谷が眉間に限界まで皺を刻み込んだ。
「松本、こんなガキみたいな駄目な大人にやるこたぁねえぞ」
「確かに、……子供みたいですねえ」
 乱菊はそう言って、静かに笑ってギンを見た。ギンもまた、小さく口の端を上げる。
「隊長に土下座までされたら差し上げないわけにいかないでしょう。お返しは二倍でお願いします」
 乱菊がそう言うとギンは破顔して立ち上がり、日番谷に勝ち誇ったように笑った。日番谷は黙り込んだまま、ギンを睨み上げる。乱菊は七緒に振り返った。
「で、七緒はどうしたの」
「はい。今夜の件ですが、八番隊の方でお願いします。それと、こちらが回覧物です。お早めに」
「はーい、了解」
 乱菊が受け取った書類をぱらぱらと確認する。七緒は睨み合う隊長二人を振り返り、四度目の溜息をついて、一礼した。



(二月十三日 四番隊給湯室)
 花太郎に案内されて通された甘い匂いの四番隊給湯室で七緒が見たものは、三角頭巾に割烹着姿でチョコレート色の生地をこねている勇音の姿だった。
「……今日って、もしかして非番だったんですか」
 七緒がおずおずと尋ねると、思い切り勤務外、という姿の勇音は照れたように笑う。
「そうなんです。他の人と交代したものですから、急にお休みになって。せっかくなので、明日、皆さんにあげようと思ってチョコ作りしてるんです」
「明日まで待ちきれないくらいに良い匂いですよ。副隊長」
 花太郎は嬉しそうに勇音に笑いかけた。勇音もまた花太郎に笑いかける。
「楽しみにしていて。沢山作るつもりだから」
「はい。では僕はこれで失礼します」
 花太郎は体をかくんと折り曲げるように一礼して出ていった。その背中に礼を言って、七緒は勇音に向き直る。
「七緒さんはどうされたんですか」
 勇音が首を傾げた。
「あの、次の虚討伐の際に派遣してもらう予定の斑を確認したいと思って来たのですが、非番では申し訳ないですね。急ぎではないので、また明日にでも」
 七緒はそう言って困ったように笑ったが、勇音は、あら、と頭巾を取る。
「いえ、大丈夫です。この生地ももう寝かしますし。ちょっと待って下さいね。片付けますから」
「ごめんなさい」
「当然です。気にしないで」
 勇音は勤務中の表情になって笑った。そうすると途端に勇音は割烹着姿でも凛々しくなる。七緒はそれを眺めて、背筋を伸ばした。そして視線を机の上に移す。
 首を傾げた。
「勇音さん。これって、会議のときに下さったお菓子とは違いますよね。あのお菓子、女性死神の間でも評判ですのに」
 机の上に並ぶものは、チョコレートを使った焼き菓子が中心だ。先程勇音がこねていた生地も、先日の会議で発表した菓子のものでないことくらいは七緒も判る。問いかけると、勇音はわずかに顔を赤くした。
「いえ、だって、ほら……」
 がちゃりと背中で扉の開かれる音がした。
 七緒が振り返り、勇音もまた顔を上げる。扉からは荻堂が片足だけ部屋に踏み入れて、そして止まった。
「あ、失礼しました。お取り込み中でしたか」
「いえ、大丈夫です」
 出ていこうと扉を閉めかけた荻堂に、七緒は声を掛けた。そして勇音を振り返ると勇音は戸惑ったような顔をしている。荻堂は半身だけ部屋に入り、背筋を伸ばして一礼した。
「では失礼します。副隊長、先日申し上げた件ですが万事整いましたので。明日にでも確認をお願いします」
「あ、はい、判りました。ご苦労様でした」
 勇音も背筋を伸ばし、軽く頭を下げた。そして肩を下げてほうと息をつく。荻堂は勇音から目を離し、机に視線を移した。そして眼をつうと細める。
「副隊長。先日の菓子になさらなかったんですね」
 荻堂の言葉に勇音の肩がびくっと上がる。
「あれ、とても美味しかったんですけどね」
「えっ、だ、だって、別にみんなを口説くわけ、じゃないしっ」
 急に赤くなった頬を押さえて勇音が慌てたように言う。荻堂は淡々と表情を崩さない。
「いやですねえ、副隊長。あの菓子は皆でわいわい食べた方が楽しいじゃないですか。いえ、まあ別に、副隊長が不埒な事態をご想像なさるのは自由ですけどね」
「えっ? ふ、ふっ、不埒な想像なんて、してな……っ」
「あのチョコ菓子でそこまでお考えになるとは、僕も全くの想定外でした。いや、さすがは副隊長。大人でいらっしゃいますね」
「だ……っ、だからっ」
「ですがね、副隊長。あのお菓子は」
 そこで荻堂は言葉を切ると、真っ赤になって狼狽えている勇音の眼をじっと見上げた。
「二人きりでないと効果がありませんよ? あの夜でご理解頂けたかと思ってましたが」
 勇音が赤い顔のまま、机にすがるようにしてへなへなと床に崩れ落ちた。七緒は全く言葉を挟むことが出来ず、崩れ落ちた勇音の頭頂部を眺める。荻堂もまた、勇音を見下ろして、一言、
「……と、まあ、冗談ですが」
と淡々と言った。続けて、
「お作りになったお菓子、楽しみにしています」
とほんのわずか、口の端を持ち上げた。そして七緒に向き直り、
「ご歓談中に失礼しました。後でお茶をお持ちしますので、ごゆるりと。伊勢副隊長」
と一礼する。七緒は小さく、はあ、としか答えられない。荻堂はまだ机の脚にすがって座り込んでいる勇音を気にすることなく、もう一度、礼をして部屋を出ていった。
 扉の閉まる音を合図にして二人が同時に溜息をつく。七緒は、勇音を見た。勇音はまだ仄かに赤い顔をして七緒を見上げている。
「……あの夜って?」
「なっ……何にもありませんっ!」
 勇音は千切れんばかりに首を振る。七緒は勇音を覗き込むように膝を抱えて座りこんだ。
「……愛されているというより、からかわれてるようにしか見えないんですよねえ。この場合」
 七緒がしみじみと呟くと、勇音はがっくりと項垂れた。



(二月十三日 二番隊執務室)
 書類を抱えた七緒が二番隊執務室に足を踏み入れると、そこでは書類が宙を舞う中で戦う砕蜂と大前田の姿があった。
「貴様っ、上司を信用できんのかっ」
 砕蜂が高く跳躍し、大前田の顔めがけて蹴りを繰り出す。大前田は瞬時に屈み込みそれを避けると、その屈めた脚のばねで後ずさった。
「信用とか尊敬とかの問題じゃねぇっすよっ! 現実問題なんすよっ」
 追うようにして距離を詰められ、繰り出される砕蜂の拳を器用に避けながら大前田が叫ぶように訴える。
「失敬なっ!」
「現実を見て下せぇっつうの!」
 砕蜂と大前田の動きによる風圧で沢山の書類がくるくると待っている。七緒はすうと息を吸い込み、
「お取り込み中に申し訳ありませんがっ、よろしいでしょうかっ」
と大声を出した。申し合わせたように二人の動きが止まる。砕蜂が七緒の方を振り返った。大前田が肩で大きく息をつく。
「どうした、伊勢か」
「おう、伊勢。いいところに来たな」
 書類の吹雪の向こう側の二人に七緒は大きく溜息をついてみせた。
「……幾つか、確認して頂きたいことがございまして。よろしいですか?」
 砕蜂は頷いてソファに座る。大前田は首を鳴らすと、床に散らばる紙を集め始めた。七緒は気にせずに砕蜂の傍らに立ち、数枚の書類を手渡す。砕蜂はそれにざっと目を通し、
「大丈夫だ、問題ない。大前田、これに判を押して次に回しておけ」
と大前田の方に振り向くことなくそれらを放り投げる。空中を滑るように飛ぶ書類を見誤ることなく全て受け取り、大前田もまたそれに目を通した。
「へいへい。伊勢、わざわざ悪かったな」
「いえ、訂正がなくて良かったです」
 七緒が軽く礼をする。
 そこへ砕蜂が立ち上がり、七緒を鋭く見上げた。
「伊勢、時間があったら茶でも飲んでいけ。私はこれからあちらの任務があるが、まあ大前田でも茶の相手くらいにはなるだろう」
「茶をいれるのも菓子を準備するのも全て俺なんすけどね、隊長」
 大前田が投げやりに言うが、砕蜂は気にもとめずに扉へ向かう。
「当たり前だ。貴様、私にやらせる気か」
「させるわけねえでしょう。飲めるもんも飲めなくなるっすよ」
「貴様、相変わらず口の減らない……夕刻までは戻らぬ。それまでしっかりやっておけ」
「へいへいへい。あちらの件は俺がやりますからね。どう考えても俺じゃないと時間的に無理っすよ」
 大前田が念を押すように言う。砕蜂は閉じかけた扉から視線だけを向け、
「……好きにしろ」
と呟くように言った。そして音もなく扉を閉める。
 口を挟む間もなく七緒は砕蜂を見送り、大前田に促されてソファに腰掛けた。大前田は給湯室にくるりと体を向ける。七緒は慌てて、
「あ、あの、大前田さん」
と声を掛けた。大前田が振り向く。
「どうした? 紅茶の方がいいか?」
「いえ、緑茶で……そうではなく、先程、何を言い争っていらしたんですか」
 言い争いというより争いにしか見えなかったが、七緒は言葉を選んで尋ねてみた。大前田は苦虫を噛み潰した顔をする。
「女性死神協会のせいだろうがよ……頼むからうちの隊長をそそのかさないでくれよなあ」
 大前田の言葉に七緒は首を傾げる。大前田はうんざりと疲れ切った口調で話し始める。
「お前ら、チョコレートの菓子を作ったりしてるだろ? あれを俺が作るのも隊長が作った菓子を食って俺が倒れるのも、まあいいわけよ。本当は御免被りたいけどな」
「はあ」
「ただ、調子に乗った隊長が、世話になった隊長達に菓子を贈ってやってもまあ構わぬなんて言い出したりすると止めるのが大変なんだよ。劇物か爆発物かっていうシロモノだからな、隊長のケーキは」
「……はあ、では先程の争いは」
 かなり上方の大前田を見上げて七緒はおそるおそる尋ねた。大前田は、心底うんざりしていますと書いてある顔で溜息をつき、膝を曲げて座り込む。
「……終業後に菓子を作るって譲らない隊長を俺が押しとどめてたんだよ。今日は刑軍の訓練があるから時間がないだろうとか、ここ最近ずっと俺が菓子を作ってるから俺が作った方が確かだとか、隊長の役に立ちたいからやらせろだとか色々色々理由を付けて。感謝しろよ。お前んとこの京楽隊長にも贈ることになってるんだからな」
 大前田はいわゆるヤンキー座りで溜息をつき、頭を乱暴にかいている。レシピ発表の会議当日の早朝に急患として四番隊に運ばれた大前田の様子を勇音から聞いていた七緒は、ただ、
「ありがとうございます……」
としか言えなかった。そしてふと、気づいて、
「そういえば、どうして最近ずっとお菓子を作ってらっしゃるのです?」
と尋ねる。大前田は七緒を恨めしげに見上げた。
「そりゃ、お前、女性死神の連中が菓子作りを教えろって終業後に押し掛けてくるんだよ。お前ら何を言ったんだ? しかもこの間は隊長の誕生日だったから、豪華なケーキを作れだのなんだの隊長が。まあ作ったけどな。上に黒猫と蜜蜂の飾りまでご要望通りに作ったけどな。そりゃ上達もするだろうよ望んでもないのになほんっっと望んでねぇけどな」
「はあ……すみませんご苦労様です……」
 七緒はソファの上で小さくなって俯く。そして自分の手のひらをじっと見て、溜息をついた。



続き→





 はい、一月くらい遅れてのあとがきです。もうそろそろ、書いていたときの心境とか忘れていますよだからさっさと書こうよあとがき。ええと、メインはやはり十番隊での市丸さんと乱菊さんです。前作での「子供みたいに駄々をこねたら」という乱菊さんの言葉に対しての市丸さんの反応です。拙宅でのお二人は表向きはそう親しくもないので(普通に他隊の隊長と副隊長)、市丸さんは女性陣全員にチョコをねだる作戦に出ています。乱菊さんからチョコをもらうためならそれくらい何でもないさと。ええ、目的のためなら手段を選ばずということで。
 四番隊では、まあ、もうおもちゃにされているのか本気なのか分からないといいなと。
 二番隊ではもう大前田が頑張っているといいなあと思います。七緒さんも多分慣れてるよ。きっと。


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