slave diary
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昨夜は久し振りに夜にお時間をいただけて、お会いできました。 とはいえ、なかなか二人きり・・という訳にはいかず、深夜に。 欲求不満というか、寂しい病で変になりそうでついついうだうだ言ってしまいましたが、翌日もお忙しい御主人様の睡眠時間を削ってはいけないと泣く泣く諦め、ノソノソと服を着るために部屋を出ました。
戻ってきてみると、ご主人様が起きていらして、私の考えてることを全てお見通しだったようで 「いいから服脱ぎなさい」と仰って下さいました。 「今度からは、お願いせんかったら、せぇへんで」とお叱りを受けましたが 私には「お願いせんかったらしてくれないの?」よりも 「お願いしたら、してくださるの(かも)?」の方が強かったです。 そう言って下さったことが嬉しかったのです。
元来、オネダリというものをほとんどしたことのない私ですので 御主人様に対してもなかなかおねだり出来ないでいるのです。 これがずっと、課題というか反省点なのですけれども 2年近く経った今もなかなか成長出来ていません。
10年以上も前、母が亡くなった時、ベソをかいていた私に その頃一番近しかった人に「いつまでも泣くのもうやめたら」と言われました。(いつまでもったって、まだ亡くなって1時間も経ってなかったんですけど・・・) 若かった私にはその言葉の真意も分からず(未だ分かりませんが) (母が亡くなった時ですら、人に甘えたらいけないんだ、泣いたらいけないんだ)と妙に納得しました。 その日を境に、他人に自分の心の中身を見せなくなってしまったのかもしれません。 私は近しい人の前だったからこそ、心を許してベソをかいていたし その人になら、「辛いだろうけど、頑張りや」と慰めて欲しかったのかもしれません。 もしその時、思う存分慰めてくれたら、若しくは好きなだけ泣かせてくれていたら、今の私はいなかったと思います。 好きな人に抱いて欲しいときに素直に「抱いてください」と言えない女にはなっていなかったと思います。 今でもごく普通に平凡な家庭を築いていただろうと思います。 そんな大げさなと思われるでしょうが、私にとってはちっとも大げさではありません。 それぐらい、あの出来事は私にとって重大でした。
こんなこと一生誰にも言うつもりもありませんでしたが 大事な人を亡くされたお友達の話を聞いて、ふと自分のことを思い出したのです。 長々とすみません。
でも優様は最後に私を叱りながらも優しく抱きしめて下さいました。 私にはそれで十分です。
満たされた時間を頂きありがとうございました。 本当は今日の夕方お顔だけでも拝見したくて 仕事帰りに寄ろうかなと考えていましたが またまた急なハプニングがあり、行けなくなりました。 また、次お逢いできる日まで、頑張ります。
最後に、Tちゃん。悲しみを理解してくださるご主人様が傍にいてくださって 本当に良かったね。思い切り泣いて、お見送りしてあげてね。
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