ついったお題いろいろ

リナさんは、「朝のベッド」で登場人物が「寄り添う」、「手紙」という単語を使ったお話を考えて下さい。

 まだ早い、うすぼんやりと瞼を持ち上げながらそう思った。
いつもの時間になれば体は自然と起き上がる。まだ眠い。まだ寝ていたい。
なのにどうして目が覚めたのだろう。
早朝のもやから差す薄い光に照らされて、真っ白い封筒が目に入った。
腕だけをごそごそと持ち上げて封筒を掴む。裏返すと丁寧な筆跡でリナとあった。
途端に脳が覚醒して反射のように身を起こ――しかけて、できなかった。
背中にぴったり寄り添う誰かの寝息。今になって気付くほど、自然な素振りで。
「……リナ?」
「ん〜? なにぃ……?」
「なに、じゃなくて。なんでいるの……?」
「今日着くって、ちゃんと書いてあるわ。手紙に」
言葉の終わりはまた深い寝息に変わっていく。
「……手紙と同時につく人がある?」
手紙を掴んだ手をおろして、わたしはため息みたいなあくびをひとつ。
読むのはあとでにとっておこう。リナをからかいながら読む楽しみに。
まだ眠い。まだ寝ていたい。背中にあたたかい呼吸を感じながら。


ゼルガディスさんは、「朝の会議室」で登場人物が「誓う」、「花」という単語を使ったお話を考えて下さい。

 「結婚記念日を忘れ去られた美人妻さん、今朝もご機嫌麗しゅう」
まったくの無表情で、書類をめくりながら淡々と言ったゼルガディスの向かいにリナが座る。
「あんたねぇ、皮肉のつもりならもう少し楽しそうに言ったら?」
「楽しいことなんかあるか。ガウリイの泣き言に何時間付き合わされたと思ってるんだ。おかげで寝不足だよ」
「そりゃご愁傷さま。でも言っとくけど、別にあたしはちっとも怒ってなかったのよ? あのくらげ頭が4年も覚えてただけで出世も良いところだわ。それに、結婚記念日も五回目ともなればネタだって尽きてくるし、」
「もうお祝いなんかしなくても良いんじゃないかって言われた、リナはオレに呆れかえっちまったんだ。もうオレに期待してくれないんだ。――ひと月も前からなんて愛を囁こうか悩みに悩んで悩み抜いた揚句に当日を通り越しちまった男の悲痛な嘆きだな」
「……ばっかじゃないの?」
反応にも困って、ただその一言しか言えないリナにゼルガディスが笑った。
「そう言ってやるな、あれでも真剣なんだ。帰ったら怒ってないけど許してやると言って安心させてやれよ。これは手土産だ」
言いながら、デスクの下に隠していたものをリナに投げて寄越した。
花束だった。
「……ガウリイに? あんたから?」
「気色悪いこと言うな。俺からあんたにだ。言っとくが、これはとびきりの皮肉だぜ?」
にやりと、ゼルガディスが楽しそうに笑った。
「……はぁ?」
「あいつが次に結婚記念日を忘れたら、俺はあんたを奪いに行く。あんたの旦那にもそう言った。あいつは二度と忘れないと誓ったよ」


ガウリイさんは、「夕方のベランダ」で登場人物が「さよならを言う」、「犬」という単語を使ったお話を考えて下さい。

 秋の虫が鳴き始める、まだ暑い夕暮れ時。
ふたりしてベランダで黄昏て、言葉も少なく強い酒をゆっくりと飲み交わした。
「なんか珍しいよな。こういうの」
「そうね、でもたまには良いじゃない」
「そうだな。まぁでも、飲みすぎるなよ」
「こんな雰囲気の時に、そういうことは言うもんじゃないわ」
くすくすと大人びた笑いを浮かべるリナの横顔を盗み見ながら、ガウリイはもう一度、珍しいな、と思った。
こんなに静かだったことがあるだろうか。
すべての予感を濃密に圧縮して、時間さえ滞るような静寂。
大きな嵐の前兆のような。
「あのね、ガウリイ」
風がくるんとひと巻き通り過ぎる。
どうした、と優しく促した言葉と同じくらい優しい声でリナが言った。
「さようなら」
え、と声が喉を過ぎる前に、遠くで犬の遠吠えが聞こえた。
思わずそちらに視線をやって、再び隣に戻した時、宵を孕んだベランダには2人分のグラスと、ガランとからっぽになってしまった自分だけが取り残されていた。


シルフィールさんは、「早朝の浴室」で登場人物が「手を繋ぐ」、「猫」という単語を使ったお話を考えて下さい。

 朝、顔を洗ってふと視界に入った浴室、水の張っていないバスタブの中にリナは居た。背中を丸めてぴったりとバスタブの底に横たわる姿は、まるで死体のようだった。
だとしたら綺麗な死体だな、と、朝からそら恐ろしいことを冷静に考える。
朝も早い今時分から既に暑苦しいこの頃、これがホラーなら少しは涼しくなるところ、残念ながらシルフィールはこんなことには慣れきっていた。
「リナさん、起きてください」
冷たいタイルに膝をついて、バスタブの中のリナの頬に触れる。
ひんやりと心地よい肌触り。
「ダメでしょう、こんなところで寝たら」
「……いいじゃん、エコなんだから」
口調は思いのほかしっかりしている。居心地のよい寝床から出られずにぐずぐずしていたようだ。
「体、痛くならないんですか?」
「案外へーきよ。シルフィールもやってみればいいのに」
「うちのバスタブでは、リナさんくらいのサイズが限度ですよ」
「コンパクトで悪かったわね」
器用に伸びをしながら、リナが笑った。
猫みたい。
猫を飼ってるくらいの気負いしか与えずに、この家に居ついた。
そして家主よりずっと、居心地のいい場所を知っている。
「――きもちいいでしょ?」
いたずらに笑いながら、リナのしなやかな体をぼんやり眺めていたシルフィールの手を取った。
うだる暑さの中、リナの冷えた手がきんと沁みた。


おまけ

 「ちょっとゼル! そこどいて!」
風が変わったのを肌が感じたのと同じ瞬間、リナがそう叫んだ。
俺はやれやれと苦笑いしながら一歩退く。
たった今まで立っていた場所に化け物じみた獣が駆け込んで、間を置かず放たれたリナの魔法がそれを一蹴した。
「よっし、依頼しゅうりょー」
「おい、もう少しで当たるところだったんだが?」
「だから、どいてって言ったでしょ?」
「広範囲呪文を使っておいて言うことはそれだけか?」
「岩なんだから良いじゃない」
「本当に言うことはそれだけか?」
「あとは、そうねぇ――久しぶり。相変わらずね」
「あんたもな」
十年経っても、変わらない俺たち。
憎々しい岩肌を抱えておきながら、参ったよ、それが少しだけ愛しいことのように思えてしまった。
あんたが、同じ笑顔で笑ってくれたから。


2006年03月17日(金)
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