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■ 都都逸【アメリナ】
お名は申さぬ 一座の中に 命あげたい方がいる
時々思うのは、わたしがただの女だったら、家族も故郷も捨ててあなたといけただろうと言うこと。 「どうしたの、アメリア。深刻な顔して」 「悩んでるのよ」 「まあそう見えるわね。で、相談に乗った方がいいの?ほっといた方がいいの?」 「目の前でこれだけこれ見よがしに悩んでるんだから、乗るべきよ」 「……あぁそう。あんたってたまに物すごくお姫様よね。で、何をお悩みなんですか、姫?」 「リナにそんなふうに言われるのも悪くないわね」 「言っとくけど嫌よ? あんたんとこで働くのは」 「あら、どうして?」 「あんたはもとより、あんたの父親も、手がかかりそうなのが目に見えてるから。まぁ、まだ見ぬあんたのお姉さんがまもとなら、まだ救いはあるんだけど」 「ひどい言いようね。わたしだって、リナみたいな従者はお断りだわ」 「じゃあお互いさまじゃない」 にやりと悪戯に笑って、香茶をすする。午後の陽がリナの唇を白く照らした。 「それで?」 「なにが?」 「悩みよ悩み」 投げやりに言っても本当に心配してくれてるのが分かる。やさしいリナ。どんなに乱暴に振舞っても、繊細で、思いやりがあって慈悲深い。なんて正面きって言ったら鳥肌を立てられそうだけど。 そんなリナを思い浮かべて、わたしは思わず笑ってしまう。 リナは怪訝そうに眉をひそめた。 「大丈夫?」 「真顔でなんの心配をしてるのよ」 「頭」 「殴るわよ?」 「やめてよ、あんた馬鹿力なんだから」 失礼な、と思うけど口には出さない。エンドレスになりそうだったから。 わたしは真面目に悩んでいて、それを真面目にリナに相談するつもりなのだ。 「あのね、これは悩みや相談と言うよりお願いなんだけど、」 うん、と、リナが目で頷く。 真っ直ぐ見つめる瞳に瞳を寄せて、繭を吐くようにそっと言葉を紡いだ。 「預かって欲しいものがあるの」 やさしく握った右のこぶしを差し出すと、リナは少し戸惑いながらも手のひらを向けてくれた。 その小さな手の上で、そっとこぶしをほどく。 「これを預かっていて」 リナの手のひらの上には何もない。 それでも透明な宝石でも見るように目を凝らし、無重力の重みを感じるように慎重に、リナは手のひらを広げている。 「そんなにすごいものじゃないけど、大事に、大事に、持っていてほしいの。わたしが離れたあとも」 「……アメリア?」 リナが顔をあげる。照らされた白い唇にキスをしたいと思ったけど、告げることもできない想いでそんなことはできないから。 小さな手に預けた、娘でも妹でも皇女でもない、ただのわたしの、命。 「これはあなたに置いていくわ」
せめてこの命ひとつ道連れにして。
2006年03月16日(木)
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