都都逸【アメリナ】

お名は申さぬ 一座の中に 命あげたい方がいる



 時々思うのは、わたしがただの女だったら、家族も故郷も捨ててあなたといけただろうと言うこと。

「どうしたの、アメリア。深刻な顔して」
「悩んでるのよ」
「まあそう見えるわね。で、相談に乗った方がいいの?ほっといた方がいいの?」
「目の前でこれだけこれ見よがしに悩んでるんだから、乗るべきよ」
「……あぁそう。あんたってたまに物すごくお姫様よね。で、何をお悩みなんですか、姫?」
「リナにそんなふうに言われるのも悪くないわね」
「言っとくけど嫌よ? あんたんとこで働くのは」
「あら、どうして?」
「あんたはもとより、あんたの父親も、手がかかりそうなのが目に見えてるから。まぁ、まだ見ぬあんたのお姉さんがまもとなら、まだ救いはあるんだけど」
「ひどい言いようね。わたしだって、リナみたいな従者はお断りだわ」
「じゃあお互いさまじゃない」
にやりと悪戯に笑って、香茶をすする。午後の陽がリナの唇を白く照らした。
「それで?」
「なにが?」
「悩みよ悩み」
投げやりに言っても本当に心配してくれてるのが分かる。やさしいリナ。どんなに乱暴に振舞っても、繊細で、思いやりがあって慈悲深い。なんて正面きって言ったら鳥肌を立てられそうだけど。
そんなリナを思い浮かべて、わたしは思わず笑ってしまう。
リナは怪訝そうに眉をひそめた。
「大丈夫?」
「真顔でなんの心配をしてるのよ」
「頭」
「殴るわよ?」
「やめてよ、あんた馬鹿力なんだから」
失礼な、と思うけど口には出さない。エンドレスになりそうだったから。
わたしは真面目に悩んでいて、それを真面目にリナに相談するつもりなのだ。
「あのね、これは悩みや相談と言うよりお願いなんだけど、」
うん、と、リナが目で頷く。
真っ直ぐ見つめる瞳に瞳を寄せて、繭を吐くようにそっと言葉を紡いだ。
「預かって欲しいものがあるの」
やさしく握った右のこぶしを差し出すと、リナは少し戸惑いながらも手のひらを向けてくれた。
その小さな手の上で、そっとこぶしをほどく。
「これを預かっていて」
リナの手のひらの上には何もない。
それでも透明な宝石でも見るように目を凝らし、無重力の重みを感じるように慎重に、リナは手のひらを広げている。
「そんなにすごいものじゃないけど、大事に、大事に、持っていてほしいの。わたしが離れたあとも」
「……アメリア?」
リナが顔をあげる。照らされた白い唇にキスをしたいと思ったけど、告げることもできない想いでそんなことはできないから。

小さな手に預けた、娘でも妹でも皇女でもない、ただのわたしの、命。

「これはあなたに置いていくわ」


せめてこの命ひとつ道連れにして。


2006年03月16日(木)
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