宮廷魔道士パラレル【アメリナ】

 セイルーン・シティの地下深く、細かな根を張るようにはびこっていた悪い薬の裏取引。その大元を一網打尽にする計画を立案し実行したのは、セイルーン王家直属の魔道師団だった。決行予定時刻に公務の終わったアメリアは、急いで現場に向かう。
魔法で降り立った郊外の大きな屋敷からはもうもうと煙が立ち上り、魔道師団が引き連れて行った兵士たちが裏組織の連中と思しき者たちを次々縄にかけて出てくるところだった。
「さすがね、あなたたちのリーダーは」
「ええ、さすがですよ。あなたの大切な方は。」
すぐさま気の利いた言葉を返した魔道士に気をよくして、アメリアは微笑んだ。
魔道師団を束ねるリナはてきぱきと、その微笑みの先で兵たちに指示を出している。
副団長の男はアメリアに結果報告と事後処理の段取りを説明しながら、ふと思い出したように。
「よくお許しになられましたね。」
「? なにを?」
「今回の計画ですよ。団長の作戦概要は読まれましたよね?」
「ええ、勿論。わたしのサインがあったでしょう? いい計画じゃない。安全で、確実で。」
「まぁ確かに確実ですけど、ね。」
安全とは言い難いでしょう、と、羊皮紙をめくりながら男は笑った。皇女相手とは言え普段から気さくに口を利いてくれるアメリアだったから、ついつい男は無意識に口が軽くなる。ちょっと考えれば直属の上司の怒りを買うことは分かっていたのに。
「現に団長、ちょっと危なかったですしね」
答えが返ってきてないことにも気付かないまま、軽い口調で言い放ち最後の紙をめくり不備が無いことを確認し終えた。
「あとは兵たちの報告待ちですが、大体概要通りですね。団長も想定以上の怪我はありませんでした……し、」
大きな山が無事ひと段落したことから機嫌よく男が視線をあげると、表情の無い主と目があった。そこでようやく自分の失態に気が付いた。
「――何をしたの?」
低く冷たい声だった。
「……いえ……あの、」
「提出された作戦概要では、敵の潜伏地も逃走ルートも黒幕も裏が取れてるから、踏み込んで取り押さえるだけと言うことだったけど?」
「……ええと……察しがついていたのは確かです……」
「確証は無かったのね?」
アメリアの声はあくまで低く冷たく、淡々としていた。男は悲鳴をあげたいのを堪え、完全降伏の態度を取った。
「確証が無かったので団長が薬に溺れた顧客になりすまし代金を払わず薬を奪って逃げる素振りをしたのちわざと捕まってアジトに連れ去らせてそこから逃亡潜伏捜査と言う手段を取りました。」
直属の上司より大本の雇い主。何よりごくごく個人的にこっちの方が怖い。そんな理念の下、副団長はあっさり団長を売ったのだった。
アメリアは相変らず無表情なまま、静かに副団長を見返している。
「だだだだって団長が姫の許可は取ってるって言うからぁ……」
もはやほとんど泣きそうになりながら、情けない声を出しているところへ、兵たちに指示を出し終えたらしいリナがとととっとアメリアの元へ駆け寄ってきた。
「あれーアメリア来てたんだ。残念だったわね、正義の演説が間に合わなくて」
ほとんど瞬殺だったわと誇らしげに、リナがアメリアに笑いかける。褒めてもらえると思ってる子供のように上機嫌だった。
「…………」
「……えーっと、アメリア? ていうか、あんたどうしたの?」
無反応のアメリアと、その目の前で硬直している自分の部下を交互に見て、リナが首を傾げる。
「リナ、わたしに何か言うことがあるんじゃない?」
「ん? 報告ならそいつから聞いてない?」
「そうね、聞いたと言えば聞いたかしら。文書偽装の告発を。」
ひくくっ
リナの頬が笑顔のままで激しくひきつる。副団長は逃げ出したいのを堪えたのか、立ち尽くして動けないのか自分でもう分からなくなっていた。
「あ、や、それは、」
「だんちょー、怪我治しますから、こっち来てくださーい」
「…………」
「…………」
非常にバッドなタイミングで、医療班の女がリナに声を掛けてきた。沈黙するアメリアの前で、冷や汗流すリナは女が今すぐどこか異界へ連れ去られればいいと願っていた。しかし願いは届かず、返事を返さないリナに痺れを切らし女は自ら走り寄ってきた。
「もー早くしてくださいよ。そんな浅い傷じゃないんですから。はい、まず腕、出してください。」
てきぱきと、マントの下に隠していた腕を引っ張り出すと、肩口で血止めをしているにも関わらずじわじわと新しい血が染み出してきている。
「……っ、ちょ、ちょっと待って」
「待てません。ほらもう傷口拡がってるじゃないですか。顔の傷だけ治してすぐ前線戻ってっちゃうからですよ。ほんと団長って無茶苦茶なんだから。」
「だからちょっと待ってってば! あ、アメリア、あの、」
「わたしの小言よりはかわいいわね。ちゃんと治してもらってから帰ってきなさいよ、リナ」
怒りを押し込めたような平坦な声で、アメリアは言い捨てて背を向けた。
文句のあとで呪文を唱えはじめた白魔道士とその背中をおろおろ見比べて、リナはもう一度女に制止をかけた。腕を掴む手を抑えて、もどかしくなるぐらい小さな声で。
「……あ…」
「?」
「…あ、アメリアがいい……」
きょとん、と女が目を丸くして思わず呪文を途絶えさせる。そして、俯いて捨てられた猫みたいな顔をしてる上司が、おそるおそる口に出した人物の方に視線を送る。まさか今の小さな小さな声が聞こえたのか、皇女さまは足を止めていた。
白魔道士は副団長を見て溜息をついた。副団長は白魔道士に肩を竦めて見せ、仕草で他所へ行くように命じた。そうして2人が立ち去ったあと、顔をあげられないで立ちすくんでいるリナと、熱くなる頬を押さえなかなか振り返れないアメリアが残された。
怒ってるのに怒ってるのに。
アメリアは心のうちで自分に言い聞かせた。
――喜んじゃダメ。甘やかしちゃダメ。
何も言ってくれないアメリアの背中を盗み見て、リナはまた肩を落とす。
うわぁすごい怒ってる……。
密かに溜息をついて、無条件絶対降伏の覚悟をきめた。




アメリアに褒めてもらいたくてちょっと無茶でも頑張っちゃったリナ。空回る^^

2006年03月13日(月)
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