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■ プロポーズする殺意:後編【アメリナ】
何度目か分からないその眼差しの中での目覚め。 そうと気付いて見てみれば、間違いようの無い殺意を覗かせていた。 「あたしを殺したいの?」 まだ薬の残る舌は上手に回らず、言葉に合わない妙に幼い響きになった。応えた声も、どことなく場違いに軽々しく返る。 「そうですよ」 狭いシングルベッドの上、リナに寄り添って寝転がるアメリアの指は、リナのその細い首にかけられている。撫でるように顎元まであがったかと思うと、微かにだけ指が食い込んだ。 「あの日から、ずっとずっと。」 じっと、まっすぐに、アメリアの目がリナの目を射抜く。深く深く芯まで滑り込んでくる。 「この手で。」 しとやかに、その言葉こそ口にしなかったけれど。リナが死の匂いをかぐ。咲き初めのバラのようなやさしく甘い匂いだった。 アメリアが言うあの日はいつだろう。この眼差しを受けた前の日は。 ――ああ、あたしが世界を。 「滅ぼそうと、したから? 怒ってるの?」 かかる指は微かな力だけをこめられたまま、リナの喉をふさいでいる。あと少し、あと少しで確かにリナを殺せる力。 「ごめんね」 「悪いなんて思ってないくせに」 寝ぼけた顔でリナが謝ると、アメリアは少し笑う。久しぶりに見る笑顔に、リナも笑う。 「思ってるわよ。だから、ごめんね。許してくれる?」 「もしかしてそれ、命乞い、ですか?」 「そうよ。殺されたら困るもの。まだやりたいことたくさんあるし、行きたい場所も、食べたいものも、」 「だめです」 アメリアは笑った。指がまた少し深く食い込む。リナの目の奥がじんと熱を帯びる。どくどく鳴る血の巡る音が互いによく分かった。 「どうしても、今すぐ、この手で。」 ころしたい。と、聞こえた気がした。 指が逸れて、頬を撫でる。ベッドが軋み、温かい息が唇にかかる。息の根を止める深いキス。 「一度捨てようとした命なら、わたしにくださいよ。」 咲き初めのバラが香る。死の花がベッドに降り積もってゆく。 リナの呼吸がゆっくり浅くなった。 「命をください。この手の中で、どんなときも守れるように。」 なんてやさしい殺意。 居心地のいい殺意と、甘い香りの中で、久しぶりに悪夢のない深い眠りについた。
翌朝、その腕と眼差しの中で目を覚ます。 左胸にある命が自分のため以外に鼓動を打つのを聞いた。 ああ、昨日の夜、確かに奪われたのだ。 やさしいやさしい殺意にころされて。
2006年03月12日(日)
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