自由禁猟区【アメリナ】

アメリナとゼル。



 いつもそうだが、リナは突然やってきた。
誰にも内緒で渡した合鍵で入り、ソファに寝転がりテレビを観ている。
帰ってきたばかりの俺に振り向きもせず、クイズ番組に向かって「ソクラテス!ソクラテス!」とかなんとか。
別段気にせずに、カバンを転がるリナの脇に放り、ジャケットを脱ぎ背もたれにかける。

 合鍵を渡していることを誰にも言っていないのは、俺たちのあいだに内緒の関係があるからじゃない。
お互い都合がいいからだ。
耐え難い静寂のとき、それでも誰とも約束をしたくないとき、同じ鍵を使って誰かがこの部屋に使い古しの二酸化炭素を持ってくるかもしれないと言う可能性は、少しだけ俺の心を楽にする。
不自由な男、といつかリナは呆れて言った。
そしてその不自由な男は現在、鳥のように自由な女の禁猟区として重宝されている。
ここでは誰もリナを束縛できない。

 午後の9時を回って少し、携帯が鳴る。
初めてリナが俺に視線を寄越した。それで相手を察し、ディスプレイも見ずに電話に出る。
焦りを冷静さで丁寧に包んだ声だった。
『ゼルガディスさん?遅くにすみません。今大丈夫ですか?』
もう一度時計を確認する。間違いなく21時を少し過ぎたばかり。
「子供の門限じゃないんだから」
通話が聞こえたらしいリナが小さく小さく呟いた。
「ああ、大丈夫だ。」
『リナ、そちらに伺ってません?』
「いや、来てないが。何かあったのか?」
『いえ、ただ帰りが遅いからちょっと心配になって。ほら、ああいうひとだから。』
「ああ、なるほど」
「どーゆー意味よ」
トラブルメーカーの自覚でもあるのか、おざなりに返される力無いツッコミに思わず少し笑う。
『どうかしました?』
「いや、なんでもない。……まあ子供の家出でもあるまいし、もう少し様子を見たらどうだ?」
『……子供の家出ですよ。今日、どうしても抜けられない会議で遅くなるってメールしたら、それっきり連絡が取れなくなっちゃって。』
「…………」
ジト目で睨むとリナは今更何も聞こえてない顔でテレビに視線を移す。小さい声で「武田信玄。ぜったい武田信玄。」とかなんとか。
『せっかく急いで終わらせて来たのに……』
これみよがしなため息。これはもしかすると……
『お詫びにシュークリームも買ってきたんだけどな』
……あー。
ぴくりと反応するリナに視線を落とす。
『まあでも仕方ありませんね。分かりました。お手数おかけしてすみません』
「――あ!」
切りかけた雰囲気に、リナが慌てて身を起こす。
俺とリナとアメリアの、短い沈黙。
しまったと言う顔でリナが俺を見る。知るか。もう勝手にしろ。
『……10分で迎えに行くから、そこで大人しくしてなさい。いい?』
「……はい」
『すみません、ゼルガディスさん。すぐ引き取りに行きますから、もう少し面倒見ててもらっていいですか?』
「……託児所じゃないからな。二度はごめんだぞ。」
『今晩よく言い聞かせます』
静かに切れた通信にえも言われぬ迫力を感じ、少しばかりリナにも同情した。
「あんたも年貢の納め時みたいだな?」
束縛なんて、するのもされるのも吐き気がするみたいな顔をしていたリナが。
誰と居ても自由だったリナが。
「ま、それもありかもね」
不自由な束縛の檻の中で、不思議に清々しそうに笑った。

エンジン音が近づいて、最も安全だった禁猟区から彼女が飛び立ってゆくまで、あと8分。





なれそめが気になる社会人設定。
ゼルはリナに良いように利用されてるのが結構居心地よかったのに、アメリアに持ってかれてしまって残念です。
それにしてもうちの姫はリナを甘やかし過ぎる。

2006年03月09日(木)
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