ハッピーリバースデイ:3【アメリナ】

 毎日が休みだったから、あたしたちはお互いの暇さえ合えば毎日のようにデートをした。
『アメリアって毎日ひまなのねー』
『そう言うリナは時々忙しそうね』
誘えばいつでもいいよと言ってくれるアメリアとは違い、あたしは時々メールに返事も返さない。忙しいってわけじゃないんだけど。
『あーまぁ……それよりさ、宿題とかやった? 今日一緒にやんない?』
『ええ、いいわよ。でも意外、リナって宿題とかちゃんとやるのね。徹底して問題児なんだと思ってたわ。』
『失礼ねー。まぁ、口実だけど。』
『口実?』
『宿題やるから、アメリアんち呼んでよ』
アメリアが笑い出した。
『かわいいこと言うのね。いいわ。説明するの面倒だから、迎えに行くわね。駅前でいいでしょ? 着く時間が分かったらメールするから準備しておいて。』
別にいいのにと言ったけど押し切られてしまった。電話を切って、鏡に向かう。
駅までは10分くらいだし、特にする準備も無い。鏡に向かって笑顔を作る。
「まぁ、マシな顔してるかな?」
昨日、アメリアからのメールに返事を返さなかった。今朝になって電話したとき、アメリアは一言もそのことを責めなかったけど。
――心が、オフになる瞬間がある。
それは物心ついたときからあって、その時にはもう周りの何もかもが自分には不必要なものに思えて、本当に必要なものは世界中どこにも無いんだと言う考えに打ちのめされる。
風は止まっている。太陽は昇りも沈みもしない。命に死の危機が無い代わり、生きてる実感も無い。平坦で踏み外すことなんて絶対ない地面に足をつけて、踵ひとつ浮かせられないままあたしはそこに居る。
そのことに深く絶望する。
空を飛びたくて、危険なことをしてみたくて、風を感じていたくて、窓から飛び出しそうになる自分と戦っている。

 「……ほんとにお嬢さまなのね」
駅前に横付けた黒塗りの車と、スーツ姿の運転手を見て、思わず溜息をついた。やっぱり断ればよかった。
視線を振り切って後部座席に乗りながら、あたしはもうひとつ溜息。
「そう? まぁ、慣れてちょうだい。うちに入るには車じゃないと不便だから。」
「あ、そ」
窓の外を眺めながら、なんとはなしにルートを確認する。自分がどこへ向かっているのか分からないのは落ち着かなかった。
「そうそう、紹介するわね。こちら運転手兼ボディーガードのゼルガディスさん。ゼルガディスさん、わたしの彼女のリナ=インバースさんです。」
「ちょ……っ」
「……よろしく」
突然の紹介と言うかカミングアウトに内心驚いているのか、元々なのか、素っ気無い返事を返すゼルガディス。振り返りもしなかったけれど、バックミラー越しに一瞬だけ目が合った。
「どうしたの?」
「いやどうしたのってあんた……」
いきなり彼女として紹介されるとは思いませんでしたのでね。平然としているアメリアにもはやなんと言っていいか分からなくなった。まさかこのままご家族に紹介されたりしないだろうな……?
「あぁ、心配しないで。ゼルガディスさん、口堅いから。」
「……あ、そ」
一応隠すべき間柄だと言う認識はあるらしい。
「家に誰かを呼んだことって無いのよ。防犯上のこともあってね。特別なひとだからって言って説得したの。」
「……あ、そ」
胸がもやもやする。夏休み限りのことと言う罪悪感?
ちがう――嬉しかったんだ。


 アメリアの部屋はさすがに快適だったけれど、勉強するには少し向いていない。
広くて片付いていて清潔で、アメリアの匂いがした。
「これはなに?」
「それはギリシャのおみやげで……って、ねぇリナ、宿題するんでしょう?」
ソファの上で呆れ返ってるアメリアに、あたしは思わずごまかし笑いを浮かべた。そう言えばかなりの時間が経ってる。
「まぁ、楽しんでもらえてよかったけど」
「ごめんごめん。じゃ、宿題やろっか。」
部屋に入って初めて腰を落ち着けて、バッグからプリントを取り出した。アメリアも向かいに座り、問題集を拡げる。
「今度はリナの家にも呼んでね?」
問題集の中ほどを開いて、早速問題を解きながらアメリアは言った。当たり前のように自然に言われて、思わず頷きそうになるのをこらえる。
「うちなんて面白いものないわよ」
狭くて何もない、あたしの部屋。こんなふうに思い出で溢れた部屋と比べて欲しくなかった。
何より、あたしの部屋にアメリアとの思い出は要らない。この夏だけのひとだから。
「かまわないわよ。ただ行ってみたいの」
「……そのうちね」
うん、そのうちでいいわ、と柔かく言った。
今すぐ抱きついて、キスをしたくなるような声だった。
――これはゲームだから。
問題を解きながら、頭の隅で考える。ゲームだから、楽しむ分には問題無いんだ。ちゃんとクリアさえできれば。
「そうよね、リナって1年生なのよね。しっかりしてるからなんだか不思議。」
不意に間近で聞こえた声にびっくりして顔をあげる。あたしのプリントを懐かしそうに覗き込んでいたアメリアの顔がすぐそばにあった。
「これ、わたしが1年のときにやった宿題と同じだわ」
先生も手を抜いてるのね、と笑った声が不自然に途切れる。遮ったのはあたしのキスだった。
「…………あ、」
短い沈黙のあと、自分でもびっくりするような弱々しい声を出したのもあたし。
「ご、ごめん」
アメリアの方は、照れたふうに笑っただけだった。
「別に、付き合ってるならキスくらい普通じゃない?」
そう言った声が嬉しそうで、なんでか胸が押しつぶされそうに痛んだ。最近あたしの心臓は落ち着きが無い。病気みたいに勝手に痛み出す。
それからあたしは勉強に集中してる振りで、ほとんど口も聞かずに夕方まで過ごした。アメリアがときどきあたしを見ているのが雰囲気で分かって、そのたびにまた心臓がどくどくと痛む。
なんだかこのゲームは体に悪い。



リナはこんだけはっきりアメリアのこと好きなのに自分の気持ちに気付いてない。不思議だ。(他人事のように…)

2006年03月06日(月)
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