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■ ハッピーリバースデイ:2【アメリナ】
正門の前で時間をつぶし、生徒の群れが校舎から吐き出されるのを待っていた。ざわざわと落ち着かなげにはしゃいで通り過ぎていく生徒の中に、目当ての顔は無い。あーもしかしてまだ仕事あんのかな。生徒会って。 一気にガランとしてしまった空気の校舎を見上げる。遠くでは、こんな日でも変わらない野球部の掛け声。なんだか空しくなって、帰ろうかなぁなんて思ってたときだった。 待ちわびたひとは、気がつけば近くまで来ていた。 「アメリア先輩」 飛びつくように声をかければ、びっくりしたように振り返る。揺れる黒髪。 「……ええと、」 「あたし、1年のリナ=インバースです。」 言って少しだけ頭を下げる。登場にも行動にも困惑したように、アメリアはためらいがちに答えた。 「……知ってるわ」 まぁ、そうだろうなー。自分で言うのもなんだけど、目立つし。 「よかったら、今日一緒に帰りません?」 少し考えた素振りだったけど、それだけで、企みやら下心やらを追求することなく彼女は頷いた。困惑の名残は消えていた。内心驚いたのはあたしの方だった。 「いいわ。家、こっちの方なの?」 「え、あ、はい。」 色々想定していた問答が全部使えなくなってしまって、思わずあたしは黙り込む。誘っておいて何も言わないあたしに、アメリアは別に気にした様子もなく、まるで普通のクラスメートと話すみたいなふうだった。 「その格好だと、式には出られなかったでしょう?」 「あー、はい。でも、ちゃんとアメリア先輩の話は聞いてましたよ。」 「そう、ありがとう。で、聞き流したのね?」 「あー、」 そう言えば身だしなみがどうのの話をしてた気もするなぁ……。 ペースを掴めず間延びした返事を繰り返すのを、アメリアは面白がった。 「敬語、面倒ならいいわよ? “先輩”なんて、あなたのイメージに合わないし。」 「あ、じゃあ遠慮なく」 冗談めいて言った言葉を言葉通り遠慮なく真に受けて、あたしは仕切り直す。そうそう、相手のペースなんて考えるから上手くいかないのよ。 ゲームだもの。先手を取った方が勝つに決まってる。 「取り合えずさ、あたしと付き合わない?」 「……え?」 さすがに今度はアメリアも目を丸くする。足を止め、あたしの目を見返してあたしが訂正するか修正するかを待っていた。 「だから、付き合おう? あたしと。付き合ってみて、嫌だったらすぐ別れてくれていーし。」 「……あなたは女の子よね?」 「関係ないって。夢中にさせる自信があるの。デートすればすぐに分かるわ」 にっと笑ってみせる。アメリアはもっと困るかと思ったけど、意外にもすぐにくすくすと笑い出した。 「じゃあ取り合えず、しましょうか。デート。」
デートしてみて分かったのは、アメリアが意外にも単なるつまらないお嬢さまじゃなくて、社会とか国家とか学校とかの象徴じみた人間でもなくて、ユーモアと哲学のある魅力的な――もっと簡単な言葉で言えば一緒に居て楽しい女の子と言うことだった。 「デートしてみて分かったわ」 あちこちの店を回って、くだらない話をして、おいしいクレープを食べて陽の暮れかけた頃、そう切り出したのはアメリアだった。 「あなたは確かに素敵で、女の子同士とか、関係ないかもしれないと思えた。だから、あなたが付き合いたいと言うなら、断る理由はないわ。」 「消極的なOKね」 どこか警戒するような言いぶりに笑って、その横顔を見上げた。隣を歩くアメリアの仕草はいちいち女の子らしくて、いつも隣に居るルークと比べては不思議な気持ちになった。 「だってなんだか冗談みたいなんだもの。本当にあなたはわたしと付き合いたいと思ってる?」 「思ってるわよ?」 即答しすぎて不自然だったかな、と思ったけど、アメリアは「そう」と言った。 「じゃあ、またね」 バス停の前で立ち止まり、ちょうど来たバスに乗る。ステップで振り返り、微笑んで手を振った。振り返すあたしは、夕陽が眩しくて目を細めた。
夜、家に帰ってからメールを打った。 返事はすぐに返ってくる。絵文字がひとつも無かったことに安心して、もう一度送り返したメールには絵文字をつけなかった。 正しい恋愛の工程として、出しすぎず含みすぎずのメールを送る。何通かのやり取りのあと、気がつけばあたしは眠っていた。 翌朝目が覚めて、握り締めてた携帯にメールが2通。 『寝ちゃった? おやすみなさい。いい夢を。』 もう1通はルークからだった。 『ゲームは順調か?』 突然、胸が引きつるように痛んだ。
2006年03月05日(日)
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