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■ ハッピーリバースデイ:1【アメリナ】
現代版アメリナルクミリ。
「気に入らねぇんだよ、あーゆー親の権威をかさに着たようなやつはさ」 「あんたはなんだって気に入らないんじゃない。学校とか社会とか国家とか、ぜんぶでしょ、ぜんぶ。」 「そうだよ、全部気に入らねぇ。だからあーゆー国家とか社会とか学校とか、そういうのの化身みたいなのが一番気に入らねぇ。」 憎しみよりもっと純度の高い倦怠を含んだ声で、ルークが言い捨てた。あたしはそんなルークの隣に立って体育館のロフトから顔を出す。ルークが見てたのは彼の1年後輩、あたしの1年先輩にあたる黒髪の女子生徒。名をアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンと言い、その名を聞けば誰でもすぐ身元に思い至る――この高校の理事長の娘だ。ただ理事長と言うだけじゃない、ビルなんかもいくつも持ってて財界にも政界にも大層顔が利くそうで、確かに学校とか社会とか国家とかそういうのの塊だった。 生徒会からの報告だとか注意だとかの話が終わり、アメリアが壇上を降りる。入れ替わるように彼女の父親がマイクの前に立ち、短い挨拶と一学期の終わりと、夏休みの始まりを告げた。
「これから約1ヶ月半、おまえらの面倒を見なくて済むのかと思うと正直ほっとするぜ」 「ぬっるいことしか言わないくせに」 「毎日毎日熱弁ふるったって聞かねぇだろうが」 2種類ある制服には式典用の正装があって、終業式なんかはそれを着て来なければいけない。単純に柄違いのスカート(男子ならズボン)をはいて、シャツは白と言うだけなのに、あたしとルークは通常用のスカート&ズボンにカラーシャツで来た。別に反抗心と言うほどのものでなく、単純にその方が好きだったからだ。もちろん式には参加させられず、照明や音響機材が積まれた体育館のロフトから眺めさせられた。別に外で待機でよかったのに。 「2学期そうそう俺の仕事を増やさないような夏休みを送れよ。」 分かり易くあたしたちを疎んでる他の教師とは違う手短な小言に見送られて、あたしたちは廊下に出た。生活指導室から離れると、各教室から1学期最後のHRの声が聞こえてくる。 「教室戻るの?」 「このまま帰る。」 「あっそ。じゃああたしも帰ろうかな。」 「どっか寄ってくか?」 「んー、って言っても、楽しいとこ、別にないしね」 反抗心じゃない。反社会的な気持ちや、世の中をもっとよくしたいと言う気持ちからって言うわけでもない。ただ、今、当たり前に存在してみんなが受け入れてる現実の、この世界を、あたしたちは受け入れられなかった。 何か心躍る冒険があるんじゃないか。もっとファンタジーで夢みたいな、生きてることを実感できるようなすごいことが、そんな世界がある気がして、目の前が霞んで見える。 あたしもルークもなまじ優秀な分、完全に社会から孤立することもできなくて、案外上手く流れてきてしまったけど――ときどき、窓から飛び出したくなる。 「なぁ、ちょっと、新しいゲーム思いついたぜ」 不意にルークが薄く笑った。 珍しいと思って横を見上げ、視線の先を追う。 目の前から歩いてくる2人連れ。見慣れた顔。一段高いところから生徒達に話をしてた。はみ出したあたしたちだけが、必然的に更に上から彼女達を見下ろしていたわけだけど。 「隣の人、ミリーナだっけ。会計の。あんたと同じクラスよね?」 「おう。何度か話したことあるけどな、あいつも気に入らねぇ。自分が神さまかなんかだと思ってるみてぇに、遠くから人を見てやがる」 書類か何かを見ながら歩いていた2人が、途中であたしたちに気付き、会話を止めてこちらを見た。話したことがあると言っても必要があったからと言うことなのだろう。ミリーナの方はルークに話しかける素振りもなく、またアメリアに視線を戻した。 白いシャツの第1ボタンまで閉めて、リボンもきっちり留めてあって、スカートはもちろん膝を慎ましく隠していて。まぁなんてお手本みたいなお嬢さん方。 嫌悪感と言うより馬鹿馬鹿しくて、あたしは少し笑ってしまった。すれ違いざま、笑い出したあたしにアメリアが弾みのように視線を送り、すぐに視線を逸らして通り過ぎて行く。 「どうした?」 「いやなんか、違う生き物だなぁって。――で? 新しいゲームって?」 「ああ、だから、あいつらさ」 言ってにやにやと、たちの悪い病気みたいな笑顔で遠ざかった2つの背中を見た。
あたしたちのは、憎しみや反抗心や嫌悪感とか、そんな攻撃的なものじゃなかった。ただ退屈で、空っぽすぎていっぱいいっぱいで、何かが必要で何もかもが欲しくて、でもそれはどこにも無いことに気付いてて、疲れていた。そう、頭が麻痺するくらい疲れきっていただけなんだと思う。だからあたしは、あんまり考えもせずに、そのゲームに参加した。 傷つけようとしたんじゃなくて、否定を投げかけたかっただけ。
ゲームは単純で、低俗で、非道徳的なものだった。 「どっちでもいいけど、だったらあんたミリーナの方がいいんじゃない? クラス同じなんだし、あたしより自然でしょ。」 「じゃあおまえがアメリアな。せいぜい楽しい夏休みを。」 「あんたもね。」 素っ気無い挨拶で背中を向け合ってあたしたちは別れた。 教室に戻るにもあまりに今更で、でも帰ってやることもなくて、そうそうにあたしはスタートボタンを押すことにした。 くだらないゲームの。
――夏休み中に落として、二学期で振る。相手が泣いたら勝ちだ。
2006年03月04日(土)
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