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■ 幸せの青い鳥篭【アメリナ】
宮廷魔道士パラレル
「鳥に足枷をつけて満足ですか?」 唐突な声は背後からかかった。言葉を汲み取るより、その声に間違いようのない害意を感じたが、場も場だし立場も立場なので努めて平常心で振り返る。 「なにか?」 パーティーの淑やかなさざめきの中、男の声は切り取ったように浮いて聞こえた。 「鳥は阿呆だから、3日も経てば自分が空を飛んでいたことも忘れるでしょうが、翼を繕うことは忘れません。せっかく鳥に産まれたものを、足枷つけて籠に入れ、愛でて飼うのは楽しいですか?」 「……なんのお話をなさっているのかしら」 見覚えのある顔だ。アメリアはすばやく思考を巡らせる。正当な手順でパーティーに来ている者なら、その顔も素性もフルネームもすべて覚えている。すぐに思い出せなかったのは、それがわずかばかり遠い記憶で、あまり覚えていたい思い出じゃなかったからだった。 「――昔の知り合い、だそうですね。」 思い至り、微かにだけ表情を曇らせる。宮廷魔道士として、リナがここに住み始めたばかりの頃、噂を聞きつけリナを尋ねてきた青年だった。 「ええ、ただの知り合い、ですよ。でも、そんなただの知り合いでさえ、あいつがこんなところでじっとしているのが間違いだと知っている。あなたは気付かないんですか。こんなのはおかしい。リナが消えた世界なんて面白くない。」 以前もそんなことを言って、リナに笑われていた。アメリアにしてみれば笑えなかったが、リナが笑ってくれたことがただ嬉しかった。 「リナは生きています。間違いなくこの世界で。それに彼女は自分の意思でここに居てくれている。あなたにとやかく言われる謂れはないと思います。」 青年は唇を歪めた。あの日リナが言った言葉そのままだったからだ。 「……リナは、」 突然青年は泣き出しそうに、かわいそうだと心が勝手に思うくらい幼い様子で呟いた。 「冒険してなきゃダメなんだ……」 それはあなたがリナに描く理想でしょう。とは、アメリアは言わなかった。それはアメリア自身にも言えたことだったから。
パーティーを終えて部屋に戻ると、リナは窓辺にもたれ落ちかけの三日月を見ていた。 「あ、おかえりなさい」 嬉しそうに笑顔を作り振り返る。それまでどんな表情で空を見上げていたのか、その笑顔からは推し量れない。 「ただいま」 「パーティーどうだった?」 「いつも通りよ。退屈なだけ。」 「そ? アメリアがそんなふうに言うなんて珍しいわね。まぁ、同感だけど。」 綺麗な服の女の人や男の人が居て、面倒くさい言葉でどうでもいい話をして、面白くもないのに笑って、好きでも無いのにキスをして。出たわけでもないのにその場を見てきたように、リナが言う。アメリアはそうね、とだけ返した。 「ほんっと王宮って退屈。アメリアのことは尊敬するわ。よくこんなところで平気よねー。規則は多いし、外面気にしなくちゃいけないし、外交で来るやつは嫌味なやつが多いし、それでも笑顔で接しなきゃいけないもんね。食べ物はおいしいけど、味気ないっちゃ味気ないし、」 「……リナはつらい?」 「え?」 「嫌なら、ここに居る必要は無いのよ?」 「あ、ご、ごめん。怒った? 別に悪く言うつもりじゃなくて、ただ、アメリアは偉いなぁって、」 「自由に振る舞いたいなら他所へ行けば? わたしの居場所はここで、あなたにとって退屈なことがわたしの役目だけど、あなたはそうじゃないものね。」 「……アメリア? ごめんって、あたし、」 困ったように伸ばされた手を振り払ったのは、無意識だった。そのあとでしまったと思う。慌ててその手を掴み直そうとしたときには、リナは傷ついた顔で後ずさって、待ってと言う間も無く開けたままの窓から飛び立っていた。 飛び立った鳥は戻らない。まして本当に、足枷ひとつ無い彼女が戻ってくる理由は無いのだ。
リナが見上げていた空は、どこまでも果てしなく続いていて。
アメリアがあんなこと言うはずない。 それだけは確信していた。それは信頼では無くて甘えだと自覚してもいた。 アメリアが本当に、自分のあんな悪態とも言えない言葉で怒るわけがない。――自分が居なくなってもいいと思うわけがない。そうじゃなかったとしても、そんなことは信じない。 だから、アメリアが理由もなくあんなことを言うはずがないことを、確信していた。 思えば帰ってきたときからなんだか暗かった。パーティーで何かあったんだ。 そう決め込んで、リナは城門まで飛行した。心当たりはあるはずもない。手当たり次第に今日の客を当たって片っ端から尋問するつもりだった。 幸いなことに、「なんか嫌なこと言ったりしそうなやつ通らなかった?」と門番を困らせるに違いない問いを投げかける前に、それが視界に入った。 薄ぼんやりとした記憶でしかなくなっていたその青年を見た瞬間、なんとなく、あぁと思った。 「久しぶり」 求婚か心中を申し出る前のような思いつめた顔で、彼はリナを見た。ふわりと降り立ったリナは、それ以上かける言葉を思いつかなかった。 親しい間柄じゃない。ただ一度、何かの依頼で一緒に仕事をしただけだ。 「……俺には、世界が変わるような1日だったんだ。あの日、おまえが変えたんだ。」 「……そう。悪かったわね。」 前に、城にあがったばかりのリナに会いに来たときも、彼はそんなことを言っていた。リナに理想と期待を押し付けて喚いていた。あの時リナは笑ったけれど、今少し冷静に考え直す。 彼がかわいそうだった。 たった一度、何かの間違いで自分と違う世界を見てしまった。それが彼の人生を狂わせている。リナの生き方が眩しすぎて何かを見失って、それでもまだ焦がれている。 「旅に出ろよ、リナ。おまえはこんなところに居ていい人間じゃない。」 「忘れなさいよ。人それぞれに生き方ってものがあるわ。あんたもあんたらしい生き方をしなさい。」 「これがおまえの生き方か? おまえはなんだってできるのに、こんな小さな国の小さな城の中で、日がな一日大人しく過ごすなんて、」 「あたしらしくない? あんたがあたしの何を知ってるの? ていうかセイルーンが小さな国って、あんたどんだけ広い世界を知ってるつもり?」 「俺は、」 「答えなくていいわ。あんたに説教したいんじゃない。あたしやあんたの生き方について話し合いたいわけでもない。――アメリアになんか言ったの、あんたでしょう?」 静かな眼差しでリナが問うと、答えの代わりに青年が小さく息を呑んだ。 「……だって、あいつが、」 「アメリアが、なに? あたしを閉じ込めてるって? アメリアが居るからあたしが自由に旅に出られないとでも思った?」 「…………」 「ふざけんじゃないわよ」 リナは静かに言った。 黙りこくった青年は何も言えなかった。リナの気迫が怖かったからじゃない。本当は最初から自分で分かっていたんだ。 「自分の居る場所ぐらい、自分で決めるわ」 リナは出会ったときのまま、自由で、強くて、かっこよかった。
昔は誰かさんのおかげでよく泣かされた。 でも最近は昔では考えられなかったほど落ち着いた日常が続いていて、だから泣くのはなんだか久しぶりだった。自分がどうして泣いてるのかも分からないほど頭がぼうっとして、鈍い頭痛だけがかろうじて意識を保った。 「アメリア」 ベッドに埋もれていた耳にためらいがちにかけられた声は、開け放したままの窓から舞い込む風をまとっていて、少しだけ儚げだった。両手で掴んで、胸にしっかり抱きしめたい衝動に駆られるのを抑える。 「……ごめんなさい」 顔をあげないまま呟けば、窓枠から降りる靴音がそれに応える。とっとっ、と聞きなれたリズムで床を叩きベッド脇で立ち止まる。リナだ。リナが居る。この部屋に。今すぐ手を掴んで。でもそれは。 「謝んないでよ」 頭上から声が落ちてくる。その小さな声すら響いて頭痛を助長させた。 「あいつ、しばき倒してきたから。」 「……あいつって」 思わず顔をあげると、膝をついたリナの顔は思ったより近くにあった。 「アメリアが謝ることないじゃん。あいつが余計なこと言ったんでしょ? 本当ならここに引っ張ってきて謝らせてもよかったんだけど、めんどくさかったし、」 「……リナ」 「それに、」 少しだけ赤くなった顔を隠すようにリナがベッドに顔を埋める。くぐもった声はその下からもれた。 「これ以上、あんたと2人っきりの時間、無駄にしたくなかったし」 喉の奥から熱い塊が込み上げる。泣きつかれた瞼の内側から、また涙が溢れてくる。結局この人には泣かされっぱなしだ。アメリアは恨み事を飲み込んで、リナの頭を抱きしめた。 閉じ込めてるのかもしれない。足枷より、籠より、もっと固くて重い、リナが気付けば怖がるような何かで。 「……ごめんね」 「謝らないでってば。あたし、ここに居たいの。」
そして多分、閉じ込められてもいる。 足枷より、籠より、もっと柔かくて軽い、幸せな何かで。
うちのアメリアはリナのことを「あいしてる」けど、リナはアメリアのことが「すきすきすきすきすきすき!」って感じです。最近の傾向として。愛情表現が小さい子供みたい。真っ直ぐで迷い無し。アメリアが惜しみなく愛情を注いで、不安になる要素ひとつ無い場合に発生する現象です。これを正のスパイラルと言います。 なんか両想いになるとうちで一番の幸せカップルな気が……。片想いだとうちでも1,2を争う不憫カップルなのに。
ていうか今気付きましたがこの話、アメリア何もしてない!八つ当たりしてしくしく泣いてただけだ!!どんだけ後ろめたい気持ちを抱え込んでたのかってくらい受動的。 もちろんリナの帰りがあと少し遅ければ、よく分からない理屈のもと開き直って連れ戻しに行ってたはずですが。その場合はヤンデレバッドエンドです^^いわゆる監禁ですね!にこ!
2006年03月03日(金)
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