猫のお題:9【アメリナ】

ナチュラルに恋人設定。

09.餌に釣られて浮気した


 いつものようにベッドの中でふたりひとつになって眠っていると、嗅ぎなれない匂いに気がついた。はやくも寝息を立てているリナから、甘いチョコレートの匂い。
カカオはルートさえ確保されていればそう珍しいものじゃない。城に居るときにアメリアがねだれば簡単に飲めただろう。それでもやっぱりそこそこ高級な飲み物であるのに代わりは無いし、この街にそんな名物があると言う噂も聞かなかった。
どこでこんな匂いをつけてきたんだろう。不思議に思いながら、胸焼けしそうな甘い匂いに、自覚できないくらい薄い不信感を抱いて眠りについた。

 次の日、朝食のあとは各自自由に過ごすことになった。教会からの帰り道、アメリアは知らない誰かと話すリナを見た。自分たちよりいくらか年上と言ったぐらいだろうか。声をかけようとしたけれど、あまりに親しげなのでためらう。
「もう少しゆっくりしてけばいいじゃないの」
「ううん、今日はもう午後には出発するの。そろそろ行かなきゃ。」
「そう残念ね。近くに寄ったらまた遊びに来てよ。あなたの好きなホットチョコレートをいつでも用意しておくから」
そう言って、黒髪の美人はリナの頬にキスをした。
くすぐったげな微笑みのリナがその場を立ち去る直前に、アメリアはそばに立ちわざとらしいぐらい馴れ馴れしく肩を叩く。
「あれ、アメリア。」
「偶然ね、リナ。こちら、どちらさま?」
「……んーっと、」
リナはあぐねるように間の長い相槌を打ち、黒髪美人に視線を送る。
「こんにちは。あなたがリナの旅の連れの方? お話は聞いてるわ。かわいらしい方ね」
悠然と微笑む女はアメリアに握手を求めるが、アメリアはその手に気付かなかったようにリナを見た。
「リナ、チョコレートのお礼はちゃんとしたの?」
「気にしないで結構よ。私の好意だから。ねぇリナ?」
「いや、ていうか、あの、」
2人のあいだで発言の間も無く、リナはきょろきょろと視線を泳がせた。
「そうは言っても高価なものですから。失礼でなければわたしからお礼をさせていただきます。」
「いいえ、本当に結構。選定に洩れたカカオを使ってるから、タダみたいなものなの。うちは父が商人をやっていてね」
「それなら尚更ですね。商人から物をもらうならどんな瑣末なものでも見合った報酬を渡さないと、あとでもっと多きな代価を払うことになるって、この子がいつも言ってますし」
ねぇ?と、リナの肩を抱き寄せて言う。黒髪美人も譲らないが、それ以上にアメリアに引く気がさらさら無いことはリナにはものすごくよく分かった。なんでかは分からないが。
「えっと、じゃあ、サマンサ。やっぱりお礼はするわ。」
そう言ってポケットから取り出した小さなカードを手渡した。
「これなら受け取るでしょう?」
「商店街の福引? 発展性のあるプレゼントね。いいわ、受け取っておく。ありがとう。」
くすくす笑い合う2人から、アメリアは目を逸らしてリナの手を引く。
「話が決まってよかったわ。じゃあ行きましょう。出発の予定に間に合わないわ。」
「あ、うん。じゃあねサマンサ。色々ありがとう!」
足早に立ち去りながらリナは大きく手を振った。振り返すサマンサは微笑ましそうに2人を見送る。
「チョコレートに釣られて浮気なんて、信じられない」
珍しいくらい分かり易い言葉に、リナはやっとで前を行くアメリアの怒りのわけが分かっておかしくなった。このタイミングで言うのは良いのか悪いのか。
黒髪の後姿に、アメリアと間違えて声をかけちゃったのがきっかけだったなんて。
チョコレートに釣られてまた会いに来たのも本当だけどさ。
悪びれもなくくすくす笑うリナにアメリアはますます怒ったけど、それさえリナにはチョコレートより甘い。

2006年02月27日(月)
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