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■ 君は戦場で咲く:5【シルリナ】
書き終わったあとに気付いたことは、リナもフロウ・ブレイク使えるじゃんってことで。 あとこれはこのシリーズ全話を通して言えることですが、アニメ設定なのにアメリアが原作って言う……。シリーズ化するつもりじゃなかったのでつい…。今更ですがスルーでお願いします。
ていうかアニメリナが何かあるたびさり気なくシルフィールを庇ってるのにもえて仕方ありません。シルフィール登場のたびにリナはシルフィールにくっつき過ぎだと思います。どんだけ好きなのかと^^
written by みなみ
5:心を殺した日を覚えてる?
ここへは異界黙示録(クレアバイブル)の写本があるという情報を聞きつけてきたのだが、その洞窟に入った瞬間、思わずあたしは頭を抱えていた。 「ぅどあぁぁぁぁ! なんなのよ、これ!!」 隣のガウリイとゼルも似たような様子だ。ガウリイは耳鳴りに耐えるように眉間に深いしわを刻み、ゼルは困ったような、それでいてどことなく泣きそうな顔をしている。どっちの表情も珍しいものだった。 かくいうあたしも、そうそう見せられないような情けない顔をしているに違いない。 「どうしたんですか、みなさん」 そう言ったシルフィールの横で、アメリアも同じ物問いたげな表情を浮かべた。 「どうしたんですかって、この状況であんたたちなんともないわけ……。って――ああ、そっか」 あたしは早くも疲れきった頭をもたげて、2人の巫女を見た。この2人が人を殺したことがあるか、なんて、考えるまでもない。 そう、おそらくこれは人を殺したものにしか見えないし、聞こえないのだ。
『死に贖え、死に贖え、死に……』
呪いの言葉が唱和する。深く地から湧きいずるように。もしくは骨という骨を震わせて体内で響いているかのように。 あたしはどこにあるともしれない写本への道のりが、間違いなく遠いものになることを思った。
「ふぅん、死者の声ね」 「姿も、ですか。」 「そうよ」 あたしの説明に、アメリアとシルフィールが不思議がって辺りを見回す。その眼は何も映さないけど、あたしの眼には今まで殺してきたたくさんの人たちが映っている。 そのほとんどが、名前も知らないかとっくに忘れてしまったひとたちだ。 「巫女さんとか聖職者には見えないようになってるのね」 あたしは適当なことを言った。ガウリイとゼルが何も言わないところを見ると、2人的にもその方向で通して欲しいのだろう。まあ、改めて住む世界の違いを確認し合うこともない。 『死に贖え、死に贖え、』 「うるさいなぁ……」 あたしはうんざりして吐き捨てる。 殺したことの後悔は死者への冒涜だと思うし、自分なりに納得いく生き方をしてきたつもりだけど、なんだかなぁ。こんなふうに見せられるとさすがにへこむかもしんない。 淀みなく続く死者の行列を半ば放心しながら眺めていると、漠然とした罪悪感が確かに胸を突き上げてくる。途切れることのない群集。これだけの命を奪ってきたのだ、あたしは。 ガウリイは今ののほほんとした雰囲気からは想像もつかないけど、傭兵なんかやってた以上、戦場に借り出されたことも少なくないだろう。ゼルにしたって、過去いろいろあったとはいえ今は足を洗ってるわけだし、後悔したのは疑いようもない。今こうしてまざまざとその痕を見せつけられるのはやっぱりつらいんじゃないだろーか。 ほとんど虚ろになった視線をさ迷わせていると、その中に、まだ記憶に新しい顔があった。 ああ、この子もあたしが殺した範疇に入るのか。 それはあの滅びた都で――まだ指が、脳が、心が、体中のすべての器官が覚えている、あの感触――「リナさんじゃない」とシルフィールがしきりに言ってくれたけど元を正せば間違いなくあたしが殺した少女だった。 「あー、こんなとこ来るんじゃなかった」 あたしは何度目ともしれない休憩を宣言し、岩肌に背中を預けた。 ……しんどいなぁ。
「しかも結局ガセだったし!!」 あたしはふつふつと湧き上がる怒りに遂に耐え切れなくなって、枕を壁に投げつけた。すぐさま苛立ったように壁を叩く音が隣の部屋から返ってくる。苛立ってるのは向こうも同じことだ。とはいえ、それがこのやり場のない怒りを鎮めるわけじゃない。あたしは更に壁を蹴りつけてやった。今度は向こうからの応戦はなかったが、ガウリイとゼルガディスの言い争う声が響き、やがて激しくドアが開く音と閉じる音がして、それきり静かになった。 「やめなさいよ、リナ」 アメリアが控えめにたしなめる。 見てないし聞いてないから言えるのよ。あの呪いの言葉と恨みの視線を。そうも言えるわけがなく、あたしは黙ってベッドに潜りこんだ。穏やかな眠りが待ってるはずはない。それでも、今はこの2人の清廉潔白な眼差しには耐えられそうになかった。 ベッドの中で微動だにせずしていると、長い長い沈黙ののちにアメリアの小さな溜息が聞こえた。 「寝ちゃったみたいですね」 「あんなところに長時間居たんですもの、精神的に疲れてしまっても仕方無いですよ。」 「あれ、呪術の一種ですよね」 「ええ、おそらく、リナさんたちには過去……会った、ひとたちが見えていたんでしょう」 ものすごく婉曲的なシルフィールの言葉に、アメリアも多分、と頷いたようだった。 ちっ、気付いてたのか。タチの悪い巫女さんたちだ。分かってたなら崩魔陣(フロウ・ブレイク)で解除してくれればいいのに。まあ、隠してたのはあたしたちの方だから文句は言えないけど。しかし理不尽にムカつくのは乙女心と言うものであって、こればっかりは仕方が無い。 「なんなんですかねぇ、今更、そんなことで見方が変わるわけでもなし、言ってくれればよかったのに」 呆れを滲ませた溜息に、想いの深さとも、考えの浅さともつかないものが混濁して見えた。そして違うのだとはっきりと思った。このひとたちと、あたしたちは。 きっとあの死者の群れを見てもアメリアは同じことを言うだろうけど、アメリアがもしひとりでも自分の意思でひとを殺していれば、同じことは言わないと思う。でもおそらくは一生涯、自分の感情に折り合いをつけ、他人を侵害することなく生き、今の台詞と同じことを言い続けるだろう。アメリアは完全な正義だ。 「……リナさんたちは、私たちを守りたかったんじゃないでしょうか。」 「守る?」 意外な単語を聞いたふうなアメリアの声。多分ベッドの中のあたしと同じ顔をしているんだろう。 「生きるとか死ぬとか、そういうものがもっと平和で安らかであると、私たちには思っていて欲しかったんじゃないかと思うんです。私たちだって間違いなく戦場に居たのに、そんなことは忘れて、屋根のある家に住み、必ずくる明日を待って眠るただの平和な人間であって欲しいと願って。――だから、私たちには何も言わなかったんじゃないでしょうか」 推測ですけど、と、シルフィールはおざなり程度に付け加えた。でもその言葉が確信に満ちてることは疑いようもなかった。 あぐねているのか沈黙を守っているアメリアに、シルフィールが笑った。 「身勝手な話で、とても、リナさんたちらしいと思いませんか?」
眠れないまま長い時間が経ち、やっとベッドに入った2人の寝息を聞きながら身を起こす。 外に出ると夜の空気はひやりと澄んでいて、少しだけ頭を冷静にさせた。 「ずっと散歩してたの?」 「おまえさんこそ」 「部屋を出たのはゼルの方だと思ってたわ」 金髪が夜風に揺れるのを眺めながら、これは答えになってないなと思った。しかしガウリイに気にした素振りはなかった。 「あいつは本気で怒ると黙るんだ。黙ったっきり、本物の岩になっちまうのさ。」 「今頃ベッドの上で遺跡になってるかしら?」 冗談に笑い合う。そして薄いライティングの光に照らされた夜道を、肩を並べて歩き出した。何気ない話の延長のように、2人の巫女の話をしてみた。 ふぅん、と気の無い返事が返ってくる。 「興味無さそうね」 「いや、感心したんだよ。さすがによく見てるよなぁって」 「なに、じゃあシルフィールの言うことに賛成だって言うの?」 「だってそうだろ」 ガウリイは何を今更、みたいな声で少し目を丸くした。 「おまえさん、アメリアとシルフィールのこと大好きじゃないか」 「……な、」 思わず言葉を失う。足も自然と止まっていた。ガウリイも一緒になって立ち止まり、しょうがないなぁと言わんばかりにあたしの頭をがしがし撫でた。あたしは嫌がるのも忘れて、その困った笑顔を見返していた。 「幸せになって欲しいんだよな」 いや、そりゃ不幸を願うほど嫌ってるわけではまさか無いし、幸せになってくれたら嬉しいが、それを今この状況で言われるのは。 「だから、あんまりこっちに来て欲しくない。オレたちが居るところは、どうしても血生臭くて、リアルで、めちゃくちゃにおっかないことが沢山あるから。」 ……どうしてこの男は。 「そういうのから、守ってやりたいんだろ?」 たまにこうして、抉るように鋭いことを言うんだろう。
宿に戻ると、シルフィールは起きていた。 部屋には光量を落としたライティングで微かな明かりがついていて、窓辺の椅子にもたれるシルフィールの頬をぼんやり照らす。 「おかえりなさい」 「……ただいま」 怒られるかなと少し思ったけれど、シルフィールは特に何も言うふうでは無かった。 なんとはなしに向かいの椅子に座り、シルフィールの静かな眼差しを受けた。きっと話をしたかったのはあたしの方だ。 「あんたと、」 一瞬ためらって、でも切り出した責任を持ってあたしは言った。 「ガウリイは似てる」 あたしなんてただの小娘で、だからどんなに繕っても考えてることなんて手に取るように分かるんだぜへへんみたいな、大人ぶったところがね。 そう言おうとしたのに、言葉はそこで凍りついた。 「初めてひとを殺したのは、いくつのときですか?」 頼りないオレンジの明かりに浮かび上がるシルフィールの目は、深く探るようにあたしを見ていた。 ……なんつー聞きにくいことを聞くんだ、このねーちゃんは。 あたしは少し考えて、小さく呟く。 「12」 「どうして?」 驚くでもなくまた次の問い。 「あったまきたからよ」 「何があったんですか」 矢継ぎ早な質問の意図を図りかね、警戒するように端的に返した。 「盗賊だったから」 「それだけじゃないでしょう?」 分かってるとでも言いたげにシルフィールは言った。 そりゃあまぁ、今なら理由がさしてなかろうと盗賊だったから、で殺せるけど、確かに一番最初っていうのはそうもいかない。あたしにだってそれなりの理由があったのだ。 「……旅に出たばっかのとき、知り合った子がいてね。まだ大人って言うには若い、黒髪の女の子だった。――あたしの最初の依頼人よ。」 あたしはぽつぽつと話した。心が感情を思い出さないように、刺激しないよう慎重にゆっくりと、言葉だけを繋げていく。 目を見ていられなくて、視線を落とす。その先の薄く光る唇が物思うように固く閉じられていた。 「ミーシャって言って、性格のいい、真っ直ぐな子だったわ。ミーシャはまだ旅慣れてないあたしにとても親切にしてくれて、簡単な物探しの依頼をくれた。あたしもはじめて自分でとった仕事ってことで、けっこう真面目にやったわ。探し物はミーシャが大事にしていた銀の髪留め。ミーシャは仕事でよく市場に出入りしてたから、その辺りで落としたんじゃないかと思ってた。でも、調べていくうちにあたしは近くの盗賊団が怪しいと気付いたのよ。ミーシャの言ってた銀の髪留めが、実はそこそこ値の張るお宝だったってのは、あとで実物を見てすぐ分かったわ。おそらく町に買出しかなんかに来てた野党のひとりが、ミーシャの髪留めを見て手癖の悪さを披露しちゃったんでしょうね。」 あたしは無表情で話し続けた。ちらりと視線をやれば、シルフィールも感情の読めない顔であたしを見ている。やっぱりその目を見ていられなくて、あたしはまた視線を落とす。 「結局盗賊団に乗り込むことになったんだけど、面白半分にミーシャが付いてきたいって言い出した。あたしも盗賊ぐらいどうとでもできると思ってたし、いいよって言ったわ。そしてミーシャは死んだの。あたしの自惚れのせいでね。」 顔をあげられない。今更こんなこと、大した話じゃないし、内気な子供でもあるまいし。 そう心で思うのに、どうしても顔をあげられない。 「単純な話でしょ。」 シルフィールの目を見る勇気が無かった。 ああ――怖いんだ。 顔をあげて、失望の視線と目が合うのが。
まいった。かなり久しぶりに自己嫌悪に陥りそう。
アメリアやシルフィールに、こんな世界を知って欲しくないのも本心だ。でも、殺したはずの心の根深いところに巣食う“あたし”の願いはそんなんじゃない。ガウリイが言うような綺麗な話じゃない。純粋でやさしい話とは程遠い。あたしは自分が、自分で認めてると思ってた自分が、彼女たちには受け入れられないだろうことを怖れていたんだ。 あたしは弱い。とんでもなく弱い。ひとをころしたことを責められるより、その弱さを知られるのが怖い。 あたしは強い、はずなのに。 「ガウリイ様と私が、似ていると言いましたね?」 シンと黙っていたシルフィールが、ぐずぐずに澱んだあたしの思考に入り込んできた。ほとんどむき出しになった心に、声が直接触れる。 「……どういうところが似てるんでしょうね」 色んなもので固めて隠していた心と言う名の臓器はやわらかく、そのやさしい声にすら傷ついて血を滲ませた。 「危ないことをしたら叱るところ? そういう心配症なところでしょうか?」 夜の空を見上げながら、シルフィールは静かに続けた。 「どんなに怒っても、結局許してしまうところ? ピンチになるとリナさんに助けにきてもらえるところとか、あと、リナさんのことが大好きで大切で仕方無いところですか?」 ふっと視線をこちらに向けて、薄く微笑んだ。似合わないと思ったけど、意外と、こういう顔をするんだと思わせるような勝気な微笑みだった。 「それとも、リナさんがどんなことをしても、受け止める自信が満々なところですか?」 小首を傾げたシルフィールの頬で、濃い黒髪がさらりと揺れる。 「そう考えたら、本当に、よく似てますね」 とんでもなく綺麗な顔は夜の中、勘違いの余地もないくらいしっかりとあたしを見た。真っ直ぐにあたしを見ている。あたしが目を逸らしたい部分まで鋭く突き抜けるように。 「リナさん、あなたが思っているようなところに、あなたの価値はありませんよ。」 「……シルフィール」 遮りたかったのか、続く言葉に期待をしたのか、自分でもそれは分からなかった。 どちらにしてもシルフィールは構わず、残りの言葉を口にした。 「誰の命も、あなたの価値を変えない。それは私やガウリイ様でも同じことです。ただ、あなたの命だけがあなたの価値を決める。だからリナさん、自分を殺してはだめ。それだけは、だめなんです。」 やっぱり、この人とガウリイは似てるなと思った。 やさしい声と耳を塞ぎたくなるような真っ直ぐな言葉であたしを叱る。 そしてその鋭い言葉はあたしの心を深く刺す。
心が血を滴らせている。 心はまだ生きている。生々しいくらい、生きていた。
誰かの命を奪いながら、誰かの命を守りたいと思いながら、それでもあたしにどうにかできるのはあたしの命だけだった。
「……あんたたちが似てるのは、おせっかいなところよ。」
あとは、素直じゃないあたしの強がりに、ほらそんなふうに――困ったように笑うところがね。
2006年02月13日(月)
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