君は戦場で咲く:3【シルリナ】

シルリナ語りでも書きましたが、リナ→シルフィールの根底にあるのはリナのシスコン末期症状です^^
一応連作なので、1と2読んでからの方が読み易いかもしれません。

このシリーズのリナはシルフィールが好きすぎるって言うか、シスコンすぎる^^

※シルフィールはリナの姉ちゃんがスィーフィードナイトだと言うことは知りません。

written by みなみ




3:穢れないその背中


 丸いテーブルを囲んでの朝食中、ガウリイがふと思い出したように言った。
「なあ、そういえば、何でアメリアとシルフィールは名前が長いんだ?」
「へー、すごいじゃないガウリイ。アメリアとシルフィールのフルネーム覚えてるんだ」
「おまえなぁ……」
心底感心した風にフォークの動きを止めるリナを、ガウリイが半眼になって睨む。
「はいはい冗談よ。この2人の名前が長いのは洗礼を受けてるから。ミドルネームは洗礼名なの」
「洗礼名?」
「赤の竜神(スィーフィード)信仰の一環で、入信のときに行う儀式を洗礼と言い、そのとき授けられる名前を洗礼名と言うんです。」
アメリアが付け加えた説明にガウリイがへぇと相槌を打つが、リナは疑わしげにそんなガウリイを見た。
「ほんとに分かったの?」
「いやさっぱり」
「……あ、そ」
「よく分からんがとにかく巫女さんだからってことなんだな?」
「いやまぁそれも間違ってはいないけど」
面倒くさくなってリナはそこで会話を終わらせた。ゼルガディスが食事を切り上げて席を立つ。
「あれ、ゼル。どっか行くの?」
「部屋に戻るだけだ。ここに居てとばっちりは食いたくないからな」
「は?」
「そうだな。オレもそろそろ部屋に戻るか。」
「なによガウリイまで」
「わたしは面白いから観ていきます。」
「なに? あんたたち一体なんの話してるの?」
状況を理解できずに、ばたばたとテーブルを離れる男性陣2人と頬杖をついて笑うアメリアにきょろきょろ視線を送る。
「リナってほんと、嫌なことは片っ端から忘れてくタイプよね」
アメリアがやたら楽しそうにくすくす笑う。
「だからなんの話を……」
言いかけて、優雅に紅茶のカップを置いたシルフィールと目が合う。理解より一拍早く、体が反応した。

ガタンッ――がっ!どたべち。

椅子を蹴倒し走り出すなり、アメリアに足をかけられ勢いよく転ぶ。立ち上がろうとしたときにはシルフィールが目の前に居た。
「さあリナさん、お薬の時間ですよ」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
その微笑みへの条件反射のように、リナが頭を抱えて絶叫をあげる。最近では見慣れた光景だった。

 「リナもいい加減慣れるか、もう少し頭のいい逃げ方をするとかすれば?」
「人ごとだと思って。あーもう口の中が薬味一色。折角の朝ごはんが台無しだわ。せめて食前だったらよかったのに」
ぶつぶつ言いながら髪をとくリナに、鏡に映ったアメリアがからかうように言った。
「食前なら大人しく飲んだの?」
「じょーだん」
「でしょうね。でもほんと、本気で嫌ならもっとあざとい逃げ方しそうだけどね、リナなら。シルフィールさんの前ではなんだかんだでいい子じゃない?」
「あぁーん?」
不機嫌な声で気のない返答を返したが、ふとリナの頭を疑問がよぎる。
――はて、確かに。
もしこの状況でシルフィールが居なかったら、自分はあんな殺人的な薬――比喩ではなく本当にそう思う――を飲んだだろうか。舌先三寸でまるめこむか、睨んで脅すか暴れてうやむやにするか、まあおそらくいつも通りそんなふうにしただろう。
思えば彼女に爆煙舞(バーストロンド)ひとつぶつけてやろうなんて気になったことはなかった。
「いやいや、それはシルフィールが戦闘に関しては一般人だからだし」
ぶつぶつ小声で言い訳をしながら、リナはブラシを置いて立ち上がった。
「どこか行くの?」
「ストレス発散」
「こんな時間から盗賊いぢめ?」
「そんなわけないでしょ」
言い捨てて、苛立たしげな足音で部屋を出た。
「頭にきたら普通の通行人だって容赦なく呪文に巻き込むくせに」
リナの呟きが聞こえていたアメリアは、騒々しく閉じられたドアを眺めながらまたくすくすと笑った。

 ほとんど当てもなく宿を飛び出してきたリナは、街の中心にある大きな教会の前で立ち止まった。どこかでゴロツキが声でも掛けてくれないかと思いながら歩いてきたが、自分の面相が声をかけたくないほどにまで凶悪になっていたのか、結局それは叶わずこんな所まで来てしまったのだ。
「教会ねぇ……」
街の中心にそびえたつこの立派な建造物を見遣れば、この街がどれほど信仰に篤いかは容易に伺い知れる。リナは信仰心などほとんど持ち合わせてはいなかったが、こんなものを見せられるとさすがに少しばかり敬虔な気持ちになった。
心を鎮めるのにいつもとは違う方法を取ってみようかと、リナは教会の扉を開く。
礼拝堂の中の人影はまばらで、あちらにひとり、こちらにひとりと言う感じだった。
リナは足音を立てないように通路を進み、なんとはなしに祈る人たちの姿を眺めた。考えてみれば自分は、祈りの言葉ひとつまともには知らない。みんななんて祈るんだろう。
中央付近まで来たところで、やっぱり自分には向いてないという結論を下し踵を返した。
そのときひとつの背中が目に留まる。
ステンドグラスから差し込む光に染まる、鮮やかな黒髪。
「シルフィール?」
小さく呼ぶと、静かな礼拝堂の中ではそれさえ響いて聞こえた。

「似合わないですね」
悪気なんてこれっぽっちもありませんという笑顔で、隣に座るリナにシルフィールが言ってのけた。リナはムッとしながらも、教会の中で攻撃魔法を使うわけにはいかないことくらいはわきまえていた。
「……。あ。」
その瞬間、アメリアに投げかけられた疑問がいとも容易く溶けた。
「そっか、」
首を傾げたシルフィールを見上げて、リナは思わず呟く。

シルフィールは、礼拝堂のイメージそのものなのだ。

力なく、神聖で、よりどころで、戒めで、


そして、

「姉ちゃんに似てるんだ」
リナは神の現身とすら言われる姉のことを思い出した。姉は教会に行って祈ることも、自分に神の教えを説くことも無かったが、幼いリナは確かにその横顔に神の面影を見たのだ。
「誰が、ですか?」
不思議がりながらも、シルフィールは微笑んだ。小さな子供のような発音で呼んだそのひとは、きっととてもとても大切に、この子を守ったひとだろう。
だからこんなにも無防備に今、小さく笑っている。
「なんでもない。でも、なんかちょっとスッとした。」
声を殺してひとしきり笑ったあと、リナはシルフィールの肩に額を当てて呟いた。
「あのさ、ちゃんと薬、飲むから。」
「それは嬉しい誓いですね。教会での誓いは破れませんよ?」
「うん、分かってる。だから、ちゃんと守れたら、」
「はい」
「きょう、いっしょにねよ」

内心びっくりして目を丸くしたけれど、肩口で今にも寝息を立てそうにくつろぎきっている少女を見ていると、なんだか妙に納得してしまう。
「ええ、いいですよ。」

もし彼女が似ていると言ったのが自分なら、そのお姉さんとやらはこの子をずいぶん甘やかしたのだろうとシルフィールは思った。
そしてすっかりわがままに育ったまだ見ぬ自分に似た誰かの妹は、予想も違わず早くも寝息を立て始めてしまって、祈りを終えた人々の微笑ましがる眼差しにシルフィールは苦笑いを返すしかなかった。
「ああ、スィーフィード様。この姉妹に巻き込まれた私の不幸をどうか癒してください。」
仰ぎ見た神の像が、ステンドグラスに照らされて美しく笑った気がした。

『ごめんなさいね』



どうして謝られたのだろうと思いながら、肩に触れる体温の暖かさにつられて夢に落ちるまで、多分もうあと少し。


2006年01月28日(土)
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