きちがいプロポーズ【ガウリナ】

ガウリナ←シル。

written by みなみ




 彼の脳みそのたるたる具合は周知のことだが、彼にも物を考える瞬間は存在する。いま現在に至っては――なんと熟考中である。
「どうなされたんですか、ガウリイ様。」
ガウリイの難しい顔を覗きこむと、彼はすぐに表情を和らげた。シルフィールの見慣れた顔だった。見間違いだったのかと思うほど翻った空気に、シルフィールは次の言葉をあぐねる。
「いやちょっと考え事を」
今度は聞き間違いかと思い、さらに言葉につまる。
「えっと……」
「……シルフィールまで、くらげが考え事なんて!とか言わないよな?」
笑顔のまま、誰かの口調を真似た。
シルフィールはその穏やかさの裏に、確かに剣呑とした空気を感じて慌てて取り繕った。
「いえいえまさかそんなわけないじゃないですかっ! ガウリイ様だって考え事のひとつやふたつなさるに違いないと私は常々思っていた次第ですわっ!」
「……常々そんなことを気にかけられるほどオレは考えてるように見えないのか?」
ぽそりと呟くガウリイの言葉を鮮やかにスルーして、シルフィールはガウリイの横に腰掛けた。
「それで、何を考えてらしたんですか?」
ガウリイもそれ以上は追求せず、カラになったグラスをカウンター越しに店主に振ってみせる。同じものを、と言ったガウリイの横で、シルフィールが私も、と続けた。
「けっこう強い酒だぜ?」
「大丈夫ですわ」
にこりと微笑んで店主から酒を受け取り一口飲んでみせた。前に一度欲しがるリナに仕方なしに飲ませてやったときには、そのたった一口で頬を染めたものだが、目の前の女性はしとやかな微笑を顔色ひとつ変えずに浮かべたままだった。
「へぇ。じゃあ今夜はお付き合い願いましょうか」
かちんとグラスを当てると、シルフィールが今度は少し頬を染めてはいと答えた。

 「リナはもう寝たのか?」
「はい。口数が少なくなったと思ったら急にぱたっと。」
そのときの様子を思い出したのか、シルフィールが小さく笑った。
「――ときどきふつうの子どもみたいで、びっくりしますね」
「ほんとにな。びっくりする」
ガウリイも目を細めて笑った。まだ自分の膝にも届かなかった頃の我が子を思い出す、父親のようだった。
「盗賊いぢめ、最近行かないよな」
「そういえばそうですね」
「オレがいくら言ってもやめなかったんだぜ」
「そうおっしゃってましたね」
「それがなんで急に素直になったと思う?」
「なんでですか?」
試すように探るように、でも多分そんな他意はなく、ガウリイはシルフィールの目を真っ直ぐ見詰めた。
「シルフィールが居るからだよ」
「はい?」
寄せていた唇がグラスから離れる。
「リナはシルフィールの言うことなら聞くんだ。だから盗賊いぢめもあんまり行かなくなったし、危ない仕事も取ってこなくなった。いいこ、って感じだよな。まさに」
「……そうですか?」
シルフィールは反応に困って、静かに返した。
何より、グラスに移った彼の視線が再び自分を捉えるとき、それが嫌悪の眼差しでないことを願った。彼がリナを、他のどんなものより大切に思っていることは知っている。だからこそ――事実がどうあれ彼がそう思っているなら――彼の被保護者がすっかり懐いてしまったらしい自分を疎ましく思いはしないだろうか。
度数の高いアルコールを煽り、ガウリイが振り向く。シルフィールの心臓が大きく打った。
「結婚しないか?」
ガウリイが屈託なく笑う。
「で、オレとおまえさんでリナを育てる。」
シルフィールとなら上手くやれそうな気がするんだと、どこか遠くで聞こえる音楽のように澄んだ声音だった。
「ガウリイ様……」
ああ、とシルフィールが思った。
「お断りします」
「即答かよ」
冗談に過ぎない問答に、ガウリイが軽い調子で笑う。でも少しだけ本気でしょう、とシルフィールは言えなかった。
大切な少女の為に、どうやら上等な鎖になりえる私が欲しいんでしょう。2人で手枷足枷になって、すぐに危険な遊びに夢中になってしまう、ともすれば走り出したまま帰らない、あの子を浮世に繋ぎとめるために。
「でもさ、できるだけ長く一緒に旅ができたらいいよな。料理上手だから毎日美味いもん食わせてやれるし、リナが大怪我しても治してくれるし。――ああ、やっぱりシルフィールが嫁さんだったら言うことなしだよなぁ」
またカラになったグラスを店主に振った。ゆるいオレンジ色の光を照り返して、昔見た夢のように儚く揺れている。
「……嫌ですよ。あんな手のかかる子どもは。」
酔っぱらいの相手をしているのだという気構えで、シルフィールは辛抱強く応えた。
ただひとつ不思議だった。どこかで心を揺らされていた。
きっと怒ったっていいだろう話を持ちかけられているのに、でもそれは――私が描いた夢によく似ている。








ちょっと純粋に狂気じみてるバージョンのガウリイで(笑)これは黒ガウと白ガウどっちに分類されるのでしょうか。グレー?
リナが傷つかないようにいっそ閉じ込めちゃいたいくらい彼女が大切なガウリイと、ガウリイが好きって言うかもう危ないくらいリナを好きなガウリイがリナ込みで好きっていうシルフィール。
2人でリナを守って生きていけたら幸せだろうなぁって、実はどっちも思ってる。どっちにとっても不毛ですが。

2006年01月11日(水)
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