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■ あの空を見ただろうか【ルナリナ】
11のとき 最強を手に入れた。
それはとても呆気なくて、掴んでしまえば全然つまらないものだった。
トマトか卵みたい。 手の平に収まって、簡単に潰される――最強を手に入れた。
竜破斬。 かつて稀代の魔導師が編み上げた黒魔術最強呪文。 11でそれを使えるようになったあたしに、周りの大人は驚いたし あたしも驚いた。
これが高みなのかと。
頭上から果てない空を 永遠に失った気分だった。
「おめでとう」
あの人の口から、稀に聞く祝福の言葉だったのに、あたしは素直に喜べなくて きっと変に歪んだ笑みを浮かべたに違いない。
「頭の固い協会側は、相当驚いてるみたいよ。 当然なのにね。 なんたってあなたは私の妹だもの」
父親譲りの綺麗な黒髪を揺らしながら、あの人は笑ったけど あたしは叫び出したくて仕方なかった。 壊れたみたいに大声で叫んで、泣いて、 駄々をこねたいような、そんな気分であの人を見ていた。
その目と 同じものを 見たかったの。
最強を手に入れれば見れると思ったものは幻想に過ぎなくて あの人が見ているものはその高みにはないのだと知った。
そしてもう 目指す高みはなくなってしまった。
竜破斬を覚えてから、それまで毎日のように通っていた魔道士教会に行くのをぱったりと止めて、あたしは家の手伝いをした。 毎日毎日、品物を店頭に並べたり、訪れる人に笑ったりしていた。 新しい魔法を覚えるたびにはしゃいでいた日々は遠ざかり、鮮やかだった夢からひとつずつ色が消えていった。
相も変わらず家業の手伝いをしていたある日、隣町への配達の帰り道で盗賊に襲われた。 最強を手に入れた今のあたしに、怖れるものはなかった。
あたしは迷わず呪文を唱え、三流悪役然とした口上を述べる相手に向かって走る。 10やそこらの子供に反撃をされるなどとは、まさか思ってもみなかったのだろう。 何人かの男はあっさり最初の一撃で地に沈み、残る数人も既に逃げ腰だった。
あたしが次の呪文を唱え始めたそのとき、男の内のひとりが奇妙な声をあげた。 それが魔法を解き放つ声だと気付いたのは、一瞬遅れてだった。
「氷の矢(フリーズアロー)!」
まさか盗賊風情が、と 油断してたのはどうやらこちらの方だったらしい。 済んでのところで避けたものの、バランスを崩したあたしの腕は男のうちのひとりに容易く掴まえられた。 ぎりっと、きつく締まる音とともに、痛み。
「ガキが、なめた真似してくれたな」
「子供相手にムキになるなんて、大人気ないわよ」
痛みを紛らわせる意味合いも込めて、あたしは軽口を叩いた。 強がっていたのかもしれない。 黙っていれば恐怖を覚えたかも知れないから。
「口が減らねぇな。さぁて、どうしてくれようか?」
指先から、少しずつ、体温が下がっていった。 それは握られている腕に血が巡らなくなっている所為だと冷静に考えてはいたけれど、速まる鼓動は止められない。
眼に映る世界は、いつもの退屈なだけの光景ではなくなっていて 何度もフラッシュを繰り返しながらちかちかと瞬いていた。 何かの衝動が激しくあたしに揺さぶりをかける。
そこから沈みゆく秩序的な思考の狭間で、揺れた黒い、髪。
気がついたときには、男たちの姿はなくて、空は赤く焼けていた。 膜越しのようなぼんやりとした脳裏が記憶を辿っても、上手くは思い出せない。 感じた気配に静かに顔をあげる。 濃紺の瞳と目が合う。
「……姉ちゃん」
決して届かないはずの人が目の前に立っていた。 こんなに近くに居るのに、今でも自分に見えないものを見ている人。
「世界を見てきなさい」
けれど温かい、温度のある息遣い。眼差し。
「あなたが知らないことが、まだいくらでもあるわ」
初めて、ちゃんとあの人の声を聞いた気がした。 見詰め返した瞳の中に、あたしがいる。
「空、道、人。――世界を見てきなさい」
姉ちゃんの言葉のひとつひとつは いつでもあたしを動かす力だった。
そしてあたしは旅にでた。
遠く離れた今も、あたしの名を呼ぶ声がときどき聞こえる。 あの声が好きだった。ほんとうに好きだった。
リナ、と呼んで欲しくて、見て欲しくて、あたしは振り返って大きく手を振り返す。
仲間ができたよ。好きなひとができたよ。世界は、きれいだったよ。
あたし、強くなったよ。
話したいことがいっぱいあるよ。
ただいま、姉ちゃん。
深読みすると魔王の欠片が目覚めかけてる話。「退屈さ」がリナの人間らしい生への力強さを弱めていた。ついでに、竜破斬を使ったことで自分の中の魔王にもアクセスしちゃって不安定になってた、とか。
2006年01月10日(火)
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