主の祈り【アメリナ】

アメリア→リナ→ルナ。

written by みなみ




「そこのプラ(大皿)取ってくれ」
「ウィ、シェフ」

アルトの声を響かせて、ルナが白いエプロンを翻す。

リナはカウンターに肘をつきながら、軽やかに厨房を行き交うその姿がバレリーナみたいだと思った。

慌しく飛ぶ声の合間を縫って、ルナがリナのそばに駆け寄る。眠たげにしている妹の前にカフェオレとビスコットを置いて髪を撫でた。
いいこでね、と微笑みを残してまた厨房に戻っていく。
覚えているのは、笑顔とバターの甘さ。窓の外でピンクや黄色の小さな花を揺らしているあたたかな風。


ふるさとの匂いが、する。


「ごめん、起こしちゃった?」
「……おはよ」
「まだ夜よ」
「……今終わったの?」
「うん。まったく、せっかくリナたちが遊びにきてくれたのにね。ごめんなさい。」
「アメリアのせいじゃないでしょ」
気まぐれな旅の途中でセイルーンを訪れたリナたちを、アメリアは心から歓迎してくれた。
けれどタイミング悪く城には先客がいて、アメリアはリナたちの相手ばかりをしているわけにはいかなかったのだ。
なんなら一緒にパーティーに出る?と言われたときは、もちろん苦笑いで遠慮した。ご馳走は魅力的だが、堅苦しい社交界には向いてない。
「ごくろうさま」
気を遣ってるのか端に寄っていたアメリアの腕を引いて、リナが薄い微笑みを浮かべる。
「ありがと」
アメリアの自室のベッドは大きい上にやわらかで、リナはまどろむのを止められない。短いアメリアの感謝の言葉も、頭を素通りしていった。だからか、言葉はいつもよりずっと容易くぽろぽろと零れた。
「ふるさとの夢を見たわ。なんでだろ、すごく久しぶり」
「ああ、それはね、」
アメリアは笑ってリナを抱き寄せる。ふわりと葡萄の香りが掠めた。
「多分このせいよ」
「……ワイン?」
「うん。ゼフィーリアのヌーヴォは人気が高いから。」
「そっか、解禁日だったっけ」
「わたしもたくさん飲んだから、匂いがついたのね。」
「巫女さんがそんなに飲んでいいの」
「ワインは神の血よ」
冗談らしく、アメリアはくすくす笑った。額がつくほど近くまで、リナが擦り寄る。
「……甘えてるの?」
くすくす笑いの鎮まらないまま、アメリアが聞いた。
「懐かしい匂いだから。いいじゃない、たまには」
言って故郷から届いた季節の香りに身を委ねる。いつだってあたたかい風が運んできてくれるふるさとの匂い。一面に広がる葡萄畑。

美しい丘が続き、教会の尖塔がぽつぽつと連なる。丸い丘の向こうに駆け出していく小さな背中。あれは、リナだ。
そんな幻を見たのはアメリアだった。
知識に過ぎなかったゼフィーリアが胸の中で息づいているのを感じる。リナの大切な国。確かにリナを育てた国なのだと、ひとつひとつを思い返してみれば確信が募る。
穏やかな冬。過ごしやすい夏。雨もよく降る。そういえばリナは雨が嫌いじゃない。
つくづく素直に育ったのだとアメリアは感心にも似た気持ちでリナの髪を撫でた。
「いいこね」
無意識に出た言葉に、リナは少しだけ目を開く。
「なんて?」
「聞き間違いよ」
リナはふぅんと呟くとまた目を細めて、ゆっくりと閉じた。
「おやすみ」
ひそめたアルトの声が夢の中にそっとすべりこむ。


この上なく安全な場所で、リナは幸せな夢を見た。
アメリアはそんな場所であり続けたくて、祈りの言葉を夜に捧げた。




 我が神、赤の竜神よ
 今眠りにつくにあたって この魂を委ねます
 願わくは目覚めの前に死すとも
 汝の胸に 魂の還らんことを










ゼフィーリアのモデルはフランス。ドイツもいいなぁと思ってたのですが、映画無印で「さあて今年のボジョレー・ヌーヴォーやいかに」みたいなことをイリュージョン・マスターが言ってたし、やっぱりフランスでしょうか。

それにリナって、確かにフランス人気質ですよね。
「ラテン民族はいつもしゃべりすぎる」って言われるように、リナは確かにおしゃべりだし、でもその上で相手の話もちゃんと聞いていてきっちり仕返す。エスプリを心得てる。
奔放で、自己中心的で、プライドが高い。
自分が当事者外の場合は他人のプライベートを暴くことにも興味はない、と言う風潮がフランス社会にはあるそうですし、また子供の頃から論理的に自己をガイドする訓練を受けるとも言います。リナの情に弱くて情熱的な気質に反しドライで冷静に振舞う性格も納得できます。客観的に物事を見る目は、旅に出る前から培われていたんでしょう。


ところで裏公式でルナリナは2歳差(〜4歳差?)ですが、そんなわきゃないだろう、と思うことがあります。
リナの教育者はリナの語りを聞く限り両親ではなくルナだったようなので、いくらなんでも2歳差は無理じゃないかな。
個人的にはせめて5歳差くらいあって欲しいです。
だからうちのルナリナは基本的に5歳差です。状況(妄想小話の都合上)に応じてもう少し離れます。(勝手!)


黒髪で、いいこって髪を撫でてくれて、ひそめて低くなった声がアルトで、葡萄の匂いがして。五感に満ちるルナの気配に、ただの子どもに戻っていくリナ。

余談ですが、アメリアはリナの姉ちゃんが赤の竜神の騎士だと言うことは知りません。
図らずも的を得た祈りの言葉。

2006年01月09日(月)
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