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■ フローズン・ビーチ【ゼロリナ】
SP13巻「PB攻防戦」(リナが初めて重破斬を使ったときの話。あれは本編ですら経験したことのない衝撃の結末でした。)終了後。桜井みなみが考えるゼロリナ出会い編です。あのとき魔族側がノータッチだったとは思えない。
written by みなみ
出会いの場所は そも このフローズン・ビーチ 君に脅威と敬意で考える 明日からの出来事の前触れに 古代の涙ひとつも流させて
(song by Hirasawa Susumu)
暗い部屋の中は、軋みの酷い空気が流れていた。敵意にも良く似た気配の奔流を、受け止めていたのは金髪の女。傍らに立っている黒髪の男も、無闇に場違いな笑みを浮かべていた。 「もういい。言い分は分かったが、あいつは少し慎重になりすぎだ」 面倒くさそうに言って、目の前で漂う気配を片手で凪いだ。左から右へ緩やかに動かした腕の動きに合わせ、気配は掻き消える。残像のように揺れた最後の瞬間「必ず」と、「後悔」と言う言葉だけが微かに聞き取れた。 「いいんですか?仮にも海王さまの命を受けた使者ですが」 「構わないだろう。いい加減、古い付き合いだ。私のやることなど承知の上に決まってる」 薄く笑んで、座していた玉座から立ち上がる。軽い動作だが、その一挙手一投足が重々しい威厳に満ちていた。それが、彼女の揺るぎ無い地位の高さを指していると、眼に見たものは直ぐに理解できるだろう。 「僕が言いたいのは、"それを承知の上で、わざわざ使者をたてた"と言うことです。海王さまが事態を重く見すぎているのか、我が主が事態を軽んじているのか」 「やけに肩を持つじゃないか」 「いえ。ただ、いずれ我が主の身に降りかかるような火の粉なら、今のうちに土に還してやろうかと」 微笑む男のその笑顔は、人間のように血を分けた訳でなくとも。やはり創造主に似ていた。不敵で、無邪気な。魔物の笑みだ。 女は男の笑みに応えるように、暗がりの空間の中に唐突な穴を打ち立てた。それは窓だ。闇の中、不似合いなほど強い日差しが空間を照らす。映し出された光景は、まず大きな入り江。次いで、煌くような赤い髪の少女の後姿だった。 「可愛い我が子。おまえの思う通りにしてくればいい」 女は男に手を差し出して、男はその甲に唇を寄せる。 「全ては主の為に」
海王が、わざわざ使者まで寄越すほど懸念した事態と言うのは、人間が(いや、この際人間でなくとも懸念すべき事態ではあったが)、「あの御方」に通じる術を不完全ながら放ったと言う信じがたく、また驚くべきことだ。 もともと、与えられた仕事柄人間社会に出入りの多かった彼は、その者の名を知っていた。 「……リナ=インバース、さんですね?」 人間らしい重みを持った人ならざる体が、草を踏み分けて其処に足をつく。
出会いの場所は そも このフローズン・ビーチ
その声に、幼い少女は振り返ろうとして、出来なかった。冷ややかな男の手が両の瞼に触れ、彼女の動きも視界も封じてしまったから。 「……だれ?」 いつもなら勢い良くそんな手など振り切り、ついでに攻撃のひとつでも仕掛けてやるべき事態だったが、男の気配があまりに圧倒的で、明らかに人間のそれとは違うことに彼女は気付いていた。油断なく気配を探り、いつ命が終わりを迎えてもおかしくないその瞬間の中でも、気高い声を上げる。 男もまた、敬意を示すように丁重な声で応えた。 「死の入り江。二度と生命の通うことのないフローズン・ビーチ」 リナの肩が微かに震えた。男の目的の人物と自分が人違いであることを願っていた心のどこかが、覚えのあるキーワードに僅かに絶望する。 「あなたは、誰の名に於いてそれを作り出したのか分かっていますか?」 「知らないわ、そんなこと。誰の名だったらどうだって言うのよ」 強気に言ったが、閉ざされた瞼が創り出す闇は少しずつ膨張していく。まだ輝いている筈の真昼の太陽が、瞼の裏ではとうに沈んでしまったかのように。 「その名は禁忌です。そして、あの御方の術を使ったあなたも、いずれ禁忌になりうる」 光を奪う男の掌に、力がこもった気がしてリナは身構える。 「なんだか知らないけど、そんな不確かな推測であたしを殺そうなんて考えてないでしょうね?」 「そのつもりですが」 気配で、その男が笑ったのが分かった。面白がるような男のその様子に、彼女のプライドがまた揺らぎそうな心を支えた。 「面白くもない冗談だわ。あんた、覚悟はあるんでしょうね?」
出会いの場所は そも このフローズン・ビーチ 君に脅威と敬意で考える
男の側の生き物たちが、掌を伏して望む終末。その夢を、叶える為の力を。まだ年端もいかないこんな幼い少女が握り締めているのだ。この世の未来を、その小さな掌に。 恐るべき可能性は、彼女の側の生き物にしてみても脅威に違いないが、彼女はまだ知らない。何も知らずに夢を見ている。手にした力に対し、その夢のあまりの儚さには笑いそうになるが、生を望むその姿は孤高に見えた。 「あなたでは僕に勝てません」 「かもね」 「それでも?」 「それでも」 肩は震えていたし、声も揺れていた。だが、伏せた筈の瞳はまだ確かに前を見詰めていた。 「例えば僕が、此処であなたを見逃したとしても、必ずあなたは命を狙われるようになるでしょう。平穏はあなたを通り過ぎていく。それだけの力を、持っているのですから」 「その力も含めて、あたしはあたしなのよ」
出会いの場所は そも このフローズン・ビーチ 君に脅威と敬意で考える 明日からの出来事の前触れに 古代の涙ひとつも流させて
始まりは、まだ全てがひとつで。漂うだけの存在たち。 ベクトルを持った瞬間に分かたれた生命の、今はその最果てに立つ二人。こうして立ち止まる瞬間は、創世の昔、共に漂ったときのことを思い出し、ふとした感情に苛まれる。 それを、誰が恋と呼んだのだろう。 「……あなたを殺すために、僕はまたあなたに逢うかもしれない」 静かに、温度を捨てた掌が離れていく。それと同時に、背後に感じていた気配が薄れていくのが分かった。 戒めを解かれた双眸。まるで初めてそうしたときのように、ゆっくりと、瞼を開く。 感じたのは光。けれど視界の端にはまだ残る闇の残像。 「そのときには、」
声は最後の言葉だけを失ったまま、消えてしまった。
科学と祈りのはざまフローズン・ビーチ
仲深まるほどに消える口数 夢の合図と秘密で息をつく あといくつの現を思いながら 溶けた海の底で君に会えるか 出会いの場所は そも このフローズン・ビーチ 君に脅威と敬意で考える あしたからの出来事のまえぶれに 古代の涙ひとつも流させて
いつか再び見(まみ)えるその日まで、ひと時の別れ。
覚えていますか これが、出会い。
2006年01月08日(日)
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