罪不覚【フィリリナ】

ゼロリナ前提フィリリナ

written by みなみ




そのときには ためわらず 彼女を殺すでしょう?
そのときには ためらわず 彼を殺すでしょう?

それでもそれが愛だと思うの

ただ 病んでいるだけよ。







 煩わしい。
そう思うほどに、苛立ちを感じ始めたのはいつからだっただろう。
彼らが並んで歩いていると、それだけで息の詰まるような、目眩のするような、不思議な感覚に襲われる。それは無力感にも似て、とても煩わしい。
抵抗するだけの力を絞り出そうとするが、それは小さな子供の癇癪のようで、ヒステリックな甲高い声は自分さえも不快にさせるのだ。



 昼頃辿り着いた街は、妙に熱を帯びていて、行き交う人々が皆口々に何かを叫んでいた。話を聞いてみると今日はお祭りの日だという。それも「魔除け」の。豊作祈願も込められているというそのお祭りは、「ザルブス・ドゥ・ラバーザ(魔の道は無し)」の掛け声で、あらゆる災厄を追い払うのだという。
 「だってさ、ゼロス。大丈夫?」
いたずら好きの子供のような、冗談ぽい笑顔で、リナさんは傍らの魔族に笑いかけた。応えた苦笑混じりの彼の表情にも、彼女と同じ、まるで無邪気な色が浮かんでいた。どこかで苛立ちを感じながら、けれどそれが独善的な感情なのではという想いが頭を掠めたので、私は嫌味を言う為に開いた口を閉ざした。
「ねぇ、今日はここに泊まってかない? 面白そうだし、それにいい加減ちょっと疲れたしね」
私に向かってそんな提案をする彼女は、とてもまだ自分に課せられた任の重さを分かっているようには見えない。「救世主」になるには、幼すぎるのではないだろうか。けれど、と記憶の中に浮かぶのは、伝説のような彼女の軌跡。魔王を倒したというのはたかだか2年前のこと。ヘルマスターを倒したのに至っては、ほんの半年ほど前のことだ。
信じるしか、ない今は、思うとおりにさせるべきなのかもしれない。
「いいですよ」
 私が応えると、彼女は嬉しそうに駆け出して行った。
 この世界の未来など、何も知らずはしゃぐ街の中へ。


 当たり前のようについていく、闇色の魔族。


 遠くにお祭りの喧噪を聞きながら、私は手近にとった宿の一階で紅茶を飲んでいた。胸に募る苛立ちを当たり散らす代わり、一気にそれを飲み干す。カップをテーブルに戻し、しばらくの間、途方に暮れるように、あらゆる動きをやめた。
 あの魔族が何を望んで彼女の側にいるのかを、私は知っている。
 彼女が何を思索しあの魔族の同行を許すのか、私は知っている。
 どちらも利害なしに有り得ない。それぞれの力以外を認めていない。そこには心なんてない。ただリスクを持った利益を貪るだけ。例えどんなに親しげに見えても、あたかも古い友人のように振る舞っても。いつかは互いに傷つけ合う未来を、誰もが知っている。それは、信託より、とても確かに。
 その全てを受け入れ、それでもどうしてそんなに。


 あの魔族は、優しくて、慈しみに満ちた笑顔で彼女を見つめているのだろう?


 リナさんたちが帰って来たのは、夕方を回って、さらにしばらくしての事だった。走ったあとのように、頬を柔らかな赤色に染め、「ただいま」とリナさんが元気良く手を振る。「楽しかったですか?」と訊ねた私に、リナさんとアメリアさんが競い合うようにしてお祭りの様子を教えてくれた。後ろでガウリイさんも、逐一その言葉に相づちを打っている。
なかなか尽きないお土産話に区切りを付けたのは、私同様、宿に残っていたゼルガディスさんが、階段を降りてくるその足音だった。
「二階まで筒抜けだぞ。……全く」
父親のようにたしなめながら、イスを引いて席に着く。その言葉に話の腰を折られたリナさんたちは、少し物足りなげな表情を浮かべながらも、ようやくそれぞれ席に着いた。
当たり前のようにゼロスは隣りに座る。
――苛立ち。
それはいつからか、ゼロスにだけ向けられているものではなかった。


 「ゼロス、それ食べないの? だったらちょーだい」
食事を必要としない魔族。カモフラージュの意をこめて注文したゼロスの料理(ほとんど手付かずのままだ)を、リナさんが上目遣いでねだる。ゼロスは相変わらずの笑顔で、快く頷いた。
「ええ、いいですよ。リナさんのお好きなものをどうぞ」
まるでありふれた恋人同士のような空気を纏う2人は、かつて袂を分けた筈の者たちなのに。

名前を呼ばないで欲しい。
私にはそれさえ罪悪に思えるのだ。


どうして、憎みあってはくれないのだろう?


 「リナさん、起きてますか?」
自分でも常識がないと思うような時間に、彼女の部屋のドアを叩いていた。彼女は起きていた。ノックと殆ど同時に返ってきた声は、少し慌てたようにも聞こえたが、きっと盗賊いぢめにでも行こうとしてた(もしくは帰って来た)ところなのだろう。
「うん、大丈夫。入っていいわよ」
促されるまま、鍵のかかっていなかったドアを押し開ける。
部屋の中では彼女がひとり、ベッドに座っていて、側にあるテーブルの上には何冊かの本が散らばっていた。
「まだ起きてらしたんですね」
「訪ねておいてそれ?」
からかうような笑みで、間抜けなことを言った私を彼女は笑う。その無邪気な笑顔が、まるで違うはずなのに何故かあの男とかぶった。
お願い、苛立たせないで。
「フィリア? どうしたの? もしかしてまた神託が降りたとか?」
いつのまにか顔を伏せてしまっていた私に近寄り、リナさんの心配そうな顔がすぐ間近に来ていた。
「それともゼロスになにかされたの?」
すんなりと口から出てくる名前と、その無防備な表情に、私はまた苛立つ。煩わしい感情だわ。そう、私は単純に嫉妬しているのよ。


初めて会ったときから、なんて光だろうと思った。

奇妙な憧憬。違う種族であることが、愛情の隔たりであると言うなら、自分の思いも否定することになる。けれど、私は確かに彼女が好きなのだ。彼と同じ気持ちで、惹かれているのだ。この小さな人間に。
私の愛情は本物だと思う。初めて得た仲間と言う関係の中で、少しずつ育っている感情は本当だ。そうと知りながら。
あの男の感情だけを否定するのは、間違っているだろうか?

「フィリア? ねえ、どうしたのよ。言ってくれなきゃ分からないわ」
 なにも言わず俯くばかりの私に、彼女は優しく穏やかな声で話しかけ、肩に触れた。その手は罪悪に汚れた手。けれど汚いなどとは決して思わない。私の信じた正義を覆し、私の信じた法を犯す彼女と、関わりを持つことを罪だなどとは思わない。

煩わしい感情だ。
私だって、許すしかなかったのに。
ガウリイさんが、アメリアさんが、ゼルガディスさんが。
2人の中に秘められているものを知りながら、何も言わず許していたように。私だって許すしかなかったのだ。
彼女が望む夢の全てを、祝福するしかなかった。
彼女がとても、好きだから。
その幸せを望むから。



どうして、憎みあってはくれなかったのだろう。
それなら私はなんの苦しみを知ることもなく
なんとも無邪気に、あなたを好きでいられたのに






「リナさん。私は、告解を受けに来たんですよ」




出会い、側にいることさえ奇跡なら
その呼ぶ声が 囁く名前が 既に愛の言葉
悪魔と人が結ばれると言う罪悪。

ただ、私は。
あなたの罪を許しましょう。

2006年01月07日(土)
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