君は戦場で咲く:2【シルリナ】

シルリナお題連作。

平均より小さくて若く見られるのとか、あんだけ食べてもあんなに細いのとか、要は魔法で消費されるエネルギーが目茶苦茶高いってことで。

成長期に極度の飢餓を経験すると、その個体が成体になることはできないってなんかで読んだ気がします。同じ理屈で、髪の毛の色素が抜けるほど消耗する魔法をたとえわずか数回とは言え使って、そこまで行かなくても神滅斬とか消耗の激しい術を何度も使って、生体に後遺症がないとは思えないんですよね。特に13歳から18歳のあいだって言うのは、実は本当に危険じゃないかと。体が完全に出来上がってからならまだマシだったかもしれないんですが。

まだまだ30代40代の自分とかが想像の範疇に入ってきてないリナより、若干大人で定住が基本スタイルのシルフィールの方が現実的に考えちゃうんじゃないかな。今は大丈夫かもしれない。でもこれから何年後何十年後にそのツケが来ないとは限らない。でもリナにはそんなこと考えもしないぐらい向こう見ずでいて欲しい。ゼルとかは無責任にそんなこと考えてそう。ていうかそれは私の理想かもしれない。



written by みなみ




2:死に濡れた祈り



 「保護者の方はいらっしゃいますか?」
看護師は待合室に来るなりガウリイたちを一瞥した。
隣に立っていたリナはうんざりした顔で、
「だから、あたしは自立してるんだってば。お金だって自分で払うし。」
「ですから、ここでは未成年者には保護者が必要なんですよ。リナさんまだ17歳でしょう。」
既に何度か繰り返した問答なのか、看護師はさらりと受け流しリナの方も語気が弱い。
「17って充分大人じゃない」
「大人は自己管理をちゃんとできる人のこと。風邪を引くのは子供だけです」
「つぶれてしまえ。こんな病院。」
吐き捨てたリナは諦めたように肩を落とし、熱で潤んだ眼で仲間たちに視線を送る。
自称保護者のガウリイは論外。医者の説明を聞いたところでさっぱりだろう。人目につくことを嫌がって病院の外で待ってるゼルガディスも、自分とさして歳の変わらないアメリアも却下。リナは仕方なくシルフィールを促した。
「あたしが暴れそうになったら止めてね」
「分かりました」
苦笑しながら立ち上がるシルフィールと並んで、リナは看護師のあとに続いた。
「大丈夫ですよ。私もともと小児科の担当でしたから、言うこと聞かない子供の相手には慣れてます」
今この場ではっ倒してやろうかと思いながら、リナは気だるい体をなんとか押さえつける。

 冥王フィブリゾとの戦いの疲れが今更出たのか、リナは突然体調を崩した。中々収まらない高熱を心配した仲間たちのたっての希望で、今こうして病院に来ては居る、が。
「リナさんもしかして病院嫌いですか?」
「好きなひとなんてそうそう居ないんじゃない。この陰気くささとか薬臭さとか、変な呪文も聞こえてくるし」
「そうですか? 私は好きですけど。魔法医の叔父のところで厄介にもなっていましたし。なんとなく落ち着くんですよね、薬の匂いって。それに病院って清浄や清潔のイメージじゃないですか」
「あーそう、つくづく正反対よね。とにかくあたしはほんと無理。前に一度ダブオン・シティの総合病院に入院したことがあるんだけど、それ以来軽くトラウマになって……」
「あそこに行かれたんですか? 私もいつかは見学させていただきたいと思っていたんですよ」
「あーまぁ施設としては確かにすごかったけどね」
「はいはい。お話はそこまでにしてさっさと中に入ってください。先生がお待ちかねですよ」
「やっつけ仕事ねぇ」
リナは力ない溜息をついて、ふらふらよろめきながら診察室に入っていった。

 「うん、アストラルバランスが崩れてるね。これを整えれば熱も下がると思うよ。薬出しとくから一日3回欠かさず飲んで、あとはゆっくり休んでれば大丈夫。それじゃあリナちゃんは待合室に戻っていいよ。保護者さんはちょっと残ってください。」
やたら若くて気さくな医者は測り竹による体温の測定や視診をさらさらこなし、リナに微笑みかけた。リナは一瞬眉をしかめる。
「話なら、一緒に伺いますけど」
「いいんだよ。疲れてるだろうし、早く戻って休んだ方がいい。なんなら薬はシルフィールさんにお渡しするから、先に宿に戻っててもいいよ」
医者は尚も微笑んでいたが、有無を言わせぬ気迫があった。
「……分かりました。じゃあ、シルフィールよろしく。ごめんね。手間掛けさせちゃって」
「構いませんよ」
シルフィールの笑顔はその言葉に信憑性を持たせた。
看護師に連れられて出て行くリナの後姿を見ながら、本当に人を頼ることの下手なひとだとシルフィールは思う。
「子供扱いされたことじゃなくて、他人の手を自分の為に煩わせることに苛立つんだね、あの子は。」
シルフィールは感心して、改めてこの若々しい魔法医を見た。なるほどこの歳でこの地位に就くくらいには優秀なのだ。
「人を見る目がおありなんですね。」
「仕事柄ね。そもそも医者は人を診る仕事だし、体と密に関わる心に関心を払わない道理はないよ」
「同感です」
「それで、あの子のあれはいったいどういうことかな」
医者は突然笑みを消して、真顔でシルフィールに向き直った。
「体も精神も酷い損傷を受けている。何があったらああなるのか、想像もつかないね。」
シルフィールは言葉に詰まった。数々の高位魔族と戦ってきたことや、この世のどんな行為よりも危険な禁術を使ったことを説明できるわけはない。そしてそれを行った小さな体が負った代償のことを、どうして今まで思いもしなかったかと言うこと。それらがシルフィールを深く寡黙にさせた。医者は溜息をついてからまた微笑んだ。
「知らないで済ませることはできるよ。見なかったふりもできる。僕はね、それを別に卑怯なことだとは思わないんだ。あの子みたいな子は、そうしてもらうことをあるいは望むのかもしれない。自分自身そうするかもしれない。あれだけの傷みを抱えながら旅を続けているところを見ると、きっとそうなんだろう。生き急ぐも個人の自由だ。でも一言だけ、医者の立場からものを言うことを許して欲しい。――元気で、長生きして欲しいよ。」

 「おかえり。変なこと言われなかった?」
ベッドに転がって本を読んでいたリナは、シルフィールの顔を見て身を起こす。
「変なこと、ですか?」
サイドテーブルに薬の袋を置きながら、シルフィールがどきりとした内心を隠して反芻した。リナはそれには気付かず、たっぷり詰まった袋の中身をちらりと見てうぁと小さく声を洩らす。
「あの医者、妙に馴れ馴れしくてなんか嫌じゃなかった?」
「そうですか? 私は素敵な方だと思いましたけど」
「相変わらず趣味悪いわねー」
「相変わらずってなんですか」
「だって、ねぇ?」
肩を竦めながらアメリアの方に視線を送る。アメリアはシルフィールの方を見て肩を竦めた。シルフィールは苦笑で受け止める。
「まぁ、そんな話はともかく。結局普通の風邪だったって本当ですか、シルフィールさん。リナはそう言うんですけど、なんだか信じられなくて」
「なんでそんな事で嘘をつかなきゃなんないのよ。」
言いながらリナはシルフィールに目配せする。
「ひどい話よね。シルフィールからも言ってやって」
「……ええ、ただの風邪だそうです」
アメリアはまだ腑に落ちない顔でそうですかと言った。

 町中みんな寝静まったような真夜中、リナは同室者に眠りをかけて部屋を出た。気配を察して風の結界を張っていたシルフィールは静かにそのあとを追った。
盗賊いぢめにでも行くのかと思ったら、意外にも静まり返った広場の中心で立ち止まって、リナは月を見上げていた。
「リナさん。お体に障りますよ」
「うぉ、シルフィール。なぜにっ?!」
ばつの悪そうな顔でリナが振り返る。
「リナさんの行動パターンは把握しました」
「感じ悪ぅ……」
夕食後にむりやり薬を飲まされたことへの恨みつらみもこめて、これでもかと言うほど睨みつける。シルフィールはまったく意に介さなかった。
「どうしたんですか。なんだか落ち着かない様子ですけど」
そして率直に、自分がリナのあとを追ってまで聞きたかったことを口にした。
リナも、シルフィールの顔を見るなり予測していた展開に素直にのった。
「シルフィールこそ、何か言いたいことがありそうよ。やっぱりあのヤブ医者が余計なことを言ったのかしら」
「気付いてるんですね。」
シルフィールは端的だった。この頭のいい年下の女の子は、自分が頭を悩ます程度の問題は――ある特殊な分野を除けば――すべてお見通しだろうと思ったからだ。
案の定リナはすぐに困った笑顔を見せた。やさしい者が弱い者に向ける、渾身の憐れみをこめた笑顔だった。
「前にも言ったでしょう。あたしは、こんな風にしか生きられないのよ」
「今から本格的な治療を受ければきっと間に合います。」
「ありがとう、シルフィール。でもね、」
諭すようにゆっくり発音する。夜の中で、それは殊更やさしい声として響いた。
「自由を奪われて生きる100年より、やりたいことやって死ぬ1日が、あたしには大切なの」
そして決然としていた。
手がかりひとつない絶壁の高みにリナは居る。シルフィールはそれを見上げるような気持ちで、突然ひどい焦燥を感じた。
「ガウリイ様はどうなるんですか」
リナがきょとんとする。
「なんでそこでガウリイが……」
「ゼルガディスさんは? アメリアさんは?」
「……シルフィール?」
リナが今まで見た事のない表情を浮かべて、シルフィールは頼りなく囁いた。
「……私は、どうなるんですか」
ものすごい殺し文句だ、と、リナが思った。ガウリイにそんな顔でそんな風に言ってみせれば、あの人のいい男は間違いなく抱きよせてすぐさま誓いを立てるだろうに。
自分だって、こんな生き方以外ができるものならそうしただろう。
だけどそれはできなくて、リナに言えたのはこれだけだった。
「……あたしが居なくなったって、あんたたちは大丈夫よ」
泣かせてしまうだろうかと、情けない男のような気持ちでリナが身構えたとき、シルフィールはふわりと空気を翻した。
「無責任なひとですね。散々ひとを巻き込んでおいて」
「悪かったわね」
リナがほっとして軽口を返すのと同時に、その体がぐらりと揺らぐ。リナは慌てて立て直そうとして更にバランスを崩し、たまらず地面に膝をついた。
「もう戻りましょう。リナさんの生き方は確かにリナさんが決めることですけど、少なくとも私がいるあいだは、私の精神衛生を脅かさないよう努めてください。」
「遠まわしに責めないでよ」
「単刀直入に責めていいんですか?」
「……や、それはそれで嫌、かも。」
シルフィールが差し出した手を半ば無意識に取りながら、リナが渋面を作る。
「薬、ちゃんと飲んでくださいね」
「……ゔっ……薬だけはほんと苦手で……」
本気でまいった顔のリナに、シルフィールは思わず笑ってしまった。そのまま笑って見逃してくれればいいんだけどと、リナはそれが無理な話だと承知しながらも願わずにはいられなかった。


2006年01月05日(木)
BACK NEXT HOME INDEX WEB CLAP MAIL