ふるえて、いる【ゼロリナ】

重力、電磁力、強い力、弱い力。この表現なんか好きです。物理ってけっこう哲学的なとこありますよね。

written by みなみ




「ふるえて、いる」
殆ど呆然と呟くと、リナは薄ら笑った。
「そりゃそうでしょう。この状況だもの」
リナの首に手をかけた男は一瞬笑おうとして、その難しさに困った顔をする。それでもなんとか苦笑らしきものを浮かべてみせた。
「以前、原子や分子の類が得意だと言ったでしょう? もう少し詳しい話を教えてあげましょう。人間には知るすべのないことだから、きっとあなたは面白がってくれると思います。」
「こんな状況じゃなきゃね、きっとそうでしょうよ」
「こんな状況だから、話す気になったんです。本来、人間ごときが知っていいことじゃない」
「はいはい、光栄ですこと」
リナがおどけて肩を竦めると、ゼロスは少し気が紛れたように頬を緩めた。
「――物質は、原子からできています。原子は原子核と電子。そして原子核は陽子と中性子から。そのすべては、素粒子という小さな小さな粒からできています」
リナは確かに面白がるような顔をした。しかしゼロスが言いたいのはそんなことじゃなかった。
ゼロスはもともとしてもいない呼吸を止めるような仕草で、深刻な顔をした。
「あなたも――僕も、本当は同じ素粒子でできています。」
リナが目を見開く。
「……は?」
存在の根底からまるで違うものだと教わってきた。事実そうだろうと思う。だがもっともっと、細かな細かな網で掬い上げれば、同じものが残るのだ。
かききられるかひねりつぶされるか分からないリナの喉笛が、ゼロスの手の平の中でこくんと鳴った。リナのふるえは治まらない。
「素粒子は振動している。この部屋の中で、大気の中で、混沌の中で、そしてあなたの中で、ふるえている。そのふるえが、世界を構成しているんです。あなたが僕にこうして触れられているのは、僕がこうしてあなたに触れているのは、ふるえているからなんです。」
「ふるえて、いる」
リナの呟きに、ゼロスが頷いた。
「僕も、ふるえている」
「あんたが?」
ゼロスの指先がそっと離れる。2人は促されたようにその指に魅入った。
リナは微動だにしない指を辿り、腕を肩を首筋を頬を、そして瞳を見つめ返した。ゼロスもいつの間にかリナを見ていた。
「素粒子同士は、『強い力』と呼ばれるもので結びつけられています。それは磁力などとは違って、離れるほど強力に作用するので、素粒子は単独で存在することができないんですよ」
ゼロスはまた困ったように笑う。
「ひとがひとりでは生きられないのは、そういうことなんでしょうか。」
リナも困ったように笑う。
「なんで講義がなぞなぞになるわけ」
「同じ素粒子でできている僕も、そうなんでしょうか。」
「ゼロス?」
「あなたのふるえと、僕のふるえが、」
強い力で。

言葉の先が夜の大きなふるえにかききえる。

リナはゼロスの指に触れ、怖れながら手の平を重ねた。
ふるえているのはどちらの手だっただろう。



この指も言葉も願いも、ふるえている。

どくんと脈打つ鼓動のように、命を叫ぶあなたのふるえ。
皮膚の内外を問わず、ところ構わずふるえている。

僕らの、幼子のようなおびえごと。
声にならない想いも、みんな。



世界が ふるえて、いる。








便宜上物質と言う言葉を当てられいるけれど、実際にはゼロスたちの言うアストラルサイドの世界でも同じ法則が働いている。魔族たちにも個体差がある以上、自分と他者を分けるものが存在し、また滅びを望む性質上確かな「存在」を持っていることも間違いない。だから彼らも、確かに素粒子で出来ている。
そんな妄想にインスパイアされた結果のよくわからん何かです。お互い「好き」とかどうとかじゃなくて、「惹かれる」。生に満ちた人間のそばで滅びを願うゼロスと、死と隣り合わせの戦いの中で生を願うリナ。対極と言うより互いに最果てにいるからこそ、目が逸らせない。すべての生命は混沌というアンチノミーの中から生まれてくる。母体を同じとしながら反対方向に歩き出したかつての兄弟への憧憬に似た感情が、2人の中にあるといい、な。

2006年01月03日(火)
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