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■ 夜桜ひらひら【夜うさ】
たまには重くない愛情が心地いいうさぎちゃん。
誰の許しもなくあがり込んでソファーに転がってる通い猫の、のどかな寝顔を見下ろしながら、死に顔はこんな顔なんだろうかと呟いた。 夕暮れの空しい明かり、もうすぐ室内は棺のように暗くなる。 「あたし、死なないよ」 目も開けないまま、口ぐせみたいにうさぎが言った。 「なんだ、起きてたの」 カバンを放り投げて、うさぎの足を退けながらソファにどっと腰を下ろす。 うさぎはうっすらと片目を開けて、不満を表した。 「なに? 言っとくけどここ僕のうちだからね。君に文句を言われる理由はないよ」 「分かってるよ」 「じゃあなに、その顔」 「……言わないんだね、夜天くんは」 うさぎは深呼吸のように目を閉じてから、長い吐息と一緒に声を吐き出した。 邪魔そうに押しのけられた足を折りたたんで、体を起こす。 隣に並んだちょうど良い肩に頭を置いてありがとうと囁いた。 「君って意味不明だよ」 「夜天くんは、」 お互いに言い捨てるだけの会話、慣れたいつもの気楽さ。 「言わないんだね。あたしに、死なないで、って」 「なんでさ。言わないよ、そんなこと」 だって、と、夜天がポケットから携帯を取り出しながら答える。 「君は死なないんでしょ?」 その言葉がうさぎを泣かせても笑わせても関係ないと言うように、何の気もなくそう言った。 手元の携帯をいじって、画像フォルダを開く。 「ね、これ見てよ」 一番新しい画像を開いてうさぎに見せた。 「さっきそこで撮ったんだ」 弾んだ声で渡された携帯を受け取って、うさぎも思わず微笑んだ。 「桜だ」 「うん、もうすぐ春だね」 「でも、緋寒桜だよ」 「桜は桜でしょ」 肩の上の頭に自分の頭をことんと預け、夜天が一緒に携帯を眺める。 「君は矛盾してるね。死なないって言うくせに、死に方を考えてる。だから君の仲間たちは君の言葉を信じないんだ」 「そうだね」 「でも、僕は言わないよ」 うさぎはまたありがとうと言いかけて、夜天にそれを止められた。 唇に触れた、いつも意外に思う男の子らしい指と、眼差しに。 「僕は、君が死んだって別にいい。君は僕の桜だから」 「あたしが?」 「うん。君はいつだって、冬の次の季節だ」 悲しみと孤独と戦いの記憶、絶望の中に咲く花。 ピンク色の花びらを寒そうに震わせながら、うつむいて、でも咲いている。 「桜は散る。君も死んだっていい。桜みたいに自然に、いつかまた咲くだけだよ」
誰だってそうだよ、と言う声が嬉しかったから ありがとう、もう一度言うよ ありがとう わたしに何も望まないでくれて はかなく かるく だれのものでもないものに わたしを例えてくれて
2003年03月07日(金)
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