夜桜ひらひら【夜うさ】

たまには重くない愛情が心地いいうさぎちゃん。




 誰の許しもなくあがり込んでソファーに転がってる通い猫の、のどかな寝顔を見下ろしながら、死に顔はこんな顔なんだろうかと呟いた。
夕暮れの空しい明かり、もうすぐ室内は棺のように暗くなる。
「あたし、死なないよ」
目も開けないまま、口ぐせみたいにうさぎが言った。
「なんだ、起きてたの」
カバンを放り投げて、うさぎの足を退けながらソファにどっと腰を下ろす。
うさぎはうっすらと片目を開けて、不満を表した。
「なに? 言っとくけどここ僕のうちだからね。君に文句を言われる理由はないよ」
「分かってるよ」
「じゃあなに、その顔」
「……言わないんだね、夜天くんは」
うさぎは深呼吸のように目を閉じてから、長い吐息と一緒に声を吐き出した。
邪魔そうに押しのけられた足を折りたたんで、体を起こす。
隣に並んだちょうど良い肩に頭を置いてありがとうと囁いた。
「君って意味不明だよ」
「夜天くんは、」
お互いに言い捨てるだけの会話、慣れたいつもの気楽さ。
「言わないんだね。あたしに、死なないで、って」
「なんでさ。言わないよ、そんなこと」
だって、と、夜天がポケットから携帯を取り出しながら答える。
「君は死なないんでしょ?」
その言葉がうさぎを泣かせても笑わせても関係ないと言うように、何の気もなくそう言った。
手元の携帯をいじって、画像フォルダを開く。
「ね、これ見てよ」
一番新しい画像を開いてうさぎに見せた。
「さっきそこで撮ったんだ」
弾んだ声で渡された携帯を受け取って、うさぎも思わず微笑んだ。
「桜だ」
「うん、もうすぐ春だね」
「でも、緋寒桜だよ」
「桜は桜でしょ」
肩の上の頭に自分の頭をことんと預け、夜天が一緒に携帯を眺める。
「君は矛盾してるね。死なないって言うくせに、死に方を考えてる。だから君の仲間たちは君の言葉を信じないんだ」
「そうだね」
「でも、僕は言わないよ」
うさぎはまたありがとうと言いかけて、夜天にそれを止められた。
唇に触れた、いつも意外に思う男の子らしい指と、眼差しに。
「僕は、君が死んだって別にいい。君は僕の桜だから」
「あたしが?」
「うん。君はいつだって、冬の次の季節だ」
悲しみと孤独と戦いの記憶、絶望の中に咲く花。
ピンク色の花びらを寒そうに震わせながら、うつむいて、でも咲いている。
「桜は散る。君も死んだっていい。桜みたいに自然に、いつかまた咲くだけだよ」



誰だってそうだよ、と言う声が嬉しかったから
ありがとう、もう一度言うよ

ありがとう
わたしに何も望まないでくれて

はかなく かるく だれのものでもないものに
わたしを例えてくれて


2003年03月07日(金)
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