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■ 運命の29日間【4】
いつものように身の入らない授業を六つこなして、友達たちの笑い声の中を足早に通り過ぎた。また明日と、最後に声を掛けてくれたのは誰だったか思い出せない。うさぎは逃げるように校舎を離れた。 「あー、今日、レイちゃんちで勉強会だ」 判断を曇らせる鈍痛が頭の中で居座り続けている。もう少し明確な痛みなら、それを理由に勉強会も断れるのに、とうさぎはまた浅く溜息をついた。 一日中まとわりつく、この痛みとも言えない鈍い痛み。気分を滅入らせるには充分な痛み。 ――こんなんじゃ勉強に集中できないな。 いつものことじゃないと言われるのが目に見えているから、決して口には出さない言葉を心の中で呟く。行く宛ての無い者らしく、重い足取りで帰り道を外れた。とにかく今は誰にも会いたくなかった。
ふらふら辿りついた公園のベンチに座ると、少しだけ楽になった。 疲れてるのかなと、目を閉じて背中を預ける。 「どけよ、俺の席だ。」 いきなりのぶっきらぼうな口調に、うさぎは驚いて目を開く。目の前には声のままのぶっきらぼうな顔。背は高く、整った顔立ちに黒い髪がよく映えていて、そのままどこかの王子様のようだった。 しかし高い身長は威圧的な雰囲気を、整った顔は冷徹そうな雰囲気をそれぞれ醸し出していた。うさぎは急に腹が立った。 「はぁ? 公園のベンチに俺の席なんてあるわけないでしょ。ばっかじゃないの。」 特別調子の悪い日に限って、こんな誰とも知らない誰かにわけの分からないことを言われては、うさぎも初対面の相手に噛みつくぐらいはやってのける。 男は半径10mくらいには聞こえそうな盛大な舌打ちをした。 「この時間は俺がいつも座ってるんだ。」 「早い者勝ちよ」 苛立った様子の男に、同じくらい気が立っているうさぎは負けずに言い返す。見たところ大学生くらいのようだが、なんだってこんな子供っぽいことを言って怒ってるんだろうと、うさぎが頭の隅で思った。神聖な場所でもあるまいし。 しばらくのにらみ合いののち、途端に男は疲れた顔をした。 「……分かった、早い者勝ちだな。」 言うなり踵を返して立ち去っていく。うさぎはその背中を眺めながら首を傾げた。 「なによ、あいつ」 気がつけば苛立ちは消えていて、不思議と気分が良かった。鈍い痛みは砂糖のようにさらさらと溶けてしまったようだ。 うさぎは大きく伸びをすると、随分遅れてしまった勉強会に向けて足を向かわせる。せっかく勝ち取った場所に、もうすっかり未練は無かった。 自分こそ、なんだってあんなにムキになったんだろう。
2003年02月14日(金)
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