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■ 運命の29日間【3】
満月の夜だった。新月の夜じゃなくて良かった。 引っかき傷ほどの光すら残さず消えた、真っ暗な空のような自分の心に、ふっくら満ちた月が少しだけ――ソロモン王の優しさにも似た――光を投げかけてくれている。 眠たげに揺らぐ瞳の中で、無造作な自由連想が走り抜けていくのをルナが見ていた。引き返せないスタートを切ったあとで、亜美から事と次第を聞かされた。怒りでも呆れでもなく、哀れみをもってルナはそれに応えた。あの子たちは、こんな形でしか叫べないんだ。自分の孤独や悲しみを。 その全てを引き受ける破目になったうさぎに、責任も罪もないとは言えないのだろうけど、ルナは言いたかった。そして世界中で一番の重罪人になるかもしれない四人の少女たちも許したかった。 「ルナ、あたし、」 ルナは応えて、うさぎが視線を預けている窓にふわりと飛び上がる。 「どうしたの、うさぎちゃん」 「あたし、」 受け取る手の平すら無くなってしまった「何か」に、言葉を与えることはできなくて、うさぎは口を閉ざした。 「……なんでもない。もう寝ようか」 神経の麻痺したような笑顔で笑うと、ルナを抱き上げてベッドに横たわる。ルナはうさぎの腕の中で居心地の良い場所を探し身じろぎながら、せめていい夢を、と思った。 うさぎにも、かわいそうな四人の少女たちにも。
「あれ、まこと。どうした、こんな時間に。って、ここじゃなんだから、まあ入りなよ。」 衛は突然の来訪にも嫌な顔ひとつせず、気さくにまことを招き入れた。この辺はうさぎちゃんの彼氏だよな、とまことが思う。 「お邪魔します」 「どうぞ」招き入れられた部屋の大きな窓から、月が見えた。嫌だな、今夜は満月だ。 「実は最近すごいおいしいお茶が手に入ったんで、衛さんにも飲んでもらおうと思って」 つい数時間前に言った台詞よりは、幾分こなれた口調でスラスラ言った。罪悪感をひとつも感じなかったから、だろうか。 「へえ、悪いね。わざわざありがとう。」 カウンター越しに手際よく準備を始めるまことを見ながら、衛が微笑む。 「いえいえ、うさぎちゃんの大事なひとは、アタシ達にとっても大事なひとだから」 「嘘が上手いね、まことは」 うさぎの隣に並んでいてもなんら見劣りしない穏やかさで、衛は微笑んでいる。 思わず振り返ってその顔を確認してから、わざとらしく聞こえない振りで、まことはまた手を動かし始めた。 やがて持っていった紅茶のカップを、衛はなんのためらいもなく手に取った。 「……嘘だと分かってて飲むんですか?」 遂に耐えきれずにまことが聞いた。口元に運ぶスピードも緩めず、衛がまことの眼を見つめる。 「よく分からないけど、俺は試されてるんだろ?」 「…………」 「こんなことで認めてもらえるなら、喜んで挑戦するよ」 ごく、と、衛の喉が鳴る。流れ込んでいくさまが見えるようだった。 「……こんなことかどうかは、確認するべきでしたね」 染みわたる、危ない薬。 「なんだって大丈夫さ。俺は。」 言葉の切れ目を狙って、衛の体が揺らぐ。うさぎが見せたのと同じ陰りが、さっと衛の目を横切っていった。 次の瞬間には、あの穏やかさはすっかり消えていて、不審と拒絶だけが残っていた。 「誰だ、おまえ。なんで俺の部屋にいる。」 そうだこの声。会ったばかりの頃、いつだって苛立たされた切羽詰った人間の声。今となっては、あの穏やかで、いつだって高みから自分を見ている声よりずっと心地よかった。 まことは一瞬前とは逆だなと思いながら、出来うる限り穏やかに微笑んで見せた。 「お邪魔しました」
衛のマンションを出て、一度だけ振り返る。罪悪感や後悔は驚くほどない。ただ何かを確認するように振り返った。 そびえる黒々としたマンションの頭上高くで満月がまことを見ている。 見えるもの全てを救おうとする純粋な眼。できると思っている子供の眼。 「そんな目で見ないでよ――プリンセス」 少なくとも自分たちは、その眼じゃ完全には救われなかったんだ。その眼が、こんなにも狂わせた。
2003年02月13日(木)
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