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■ 運命の29日間【2】
「もうっほんと信じられない! 美奈子ちゃんの裏切りものー」 「別に狙ってやったわけじゃないし。てゆっかうさぎちゃん蟹座だから仕方ないよ。最下位でしょ、今日。」 「げっマジで?!」 「見てこなかったの? 朝の占い」 「……その時間まだ寝てた」 「……始業の20分前だよ?」 「美奈子ちゃんこそ、なんでそんなの見てんの」 「あたし、それ見てすぐ家出れば間に合うもん。こないだの1500m走、タイム4分ちょいだったよ。」 2人のぐだぐだの会話に割り込んだレイに、美奈子が事も無げに答える。本気出せば3分台でも走れるけど、と、どこまで本気か分からない呟きに、まことの声が重なった。 「遅れてごめんよ」 まことは鞄を置くなり、落ち着かなげにまた立ち上がる。 「レイちゃん、早速だけど台所借りていい? おいしいお茶手に入れたから、みんなにも飲んでもらいたいんだ」 意識して聞いてる分、棒読みが耳につくまことの台詞に、レイは少し呆れ顔で微笑んで「どうぞ」と言った。ちらりとうさぎを盗み見ると、まだ美奈子から占いの詳細を聞いてるところで、そんなまことの様子には気付いていなかった。仲間のフォローはお手の物と言ったところね。さすがリーダー。レイが感心する。 もっともこんな時にばかり連携が上手くいくのもどうかと思うけれど、更にそれを遠巻きに見ていた亜美は思った。 レイと美奈子から最悪の悪戯計画を聞かされて、逡巡し、そして加担するまで僅か数秒。そんな自分もどうかと思うけれど。 「はい、お待たせ」 ややあって戻ってきたまことが不揃いのカップをテーブルの上に並べると、真っ先にうさぎが飛びついた。 「うわーいい匂い!」 言って躊躇いなく、すっかり所有物のようになったウサギ柄のマグカップを手に取る。一瞬張り詰めた空気にも気付かず、うさぎはそれを口元に運んだ。 視線と沈黙の中で、飲み下される紅茶。淡い水色の液体が溶け込んだ紅茶。
どくんと、うさぎの中の何かが大きく脈打った。
一瞬真っ白になった頭の中が、次の瞬間には何事も無かったようにまた彩られる。決定的に何かが欠けた色合いで。 うさぎはそのたった一瞬の変化に唖然として、思わずカップを取り落とした。うさぎ本人を含め、誰もその事に気を留めない。ただ夢中でうさぎを見守り、レイがやっとで口を開いた。 「……うさぎ、大丈夫?」 おそるおそる――これは不安? それとも期待?――声を掛けながら、うさぎの肩に触れる。うさぎの体は硬い石のようで、人間らしい温度もあの鮮やかな色彩も失ったようだった。 「分かんない。……なんか息が、止まりそうになった」 不思議に遠くを見つめながら、うさぎが呟く。 それは薬の作用だったのか。それとも――彼を忘れたからだったのだろうか。
「美奈子ちゃん」 それからすぐに笑顔を取り戻しまるでいつものように振舞ったうさぎも帰り、2人きりになった神社の境内で、レイが淡白な声で言った。 「説明書、最後までちゃんと読んだ?」 「読んだわよ?」 美奈子も負けず劣らずの淡白な声で返す。 「だから、試したの」 その薄く平坦な台詞に、レイが、自分の淡白さなんて可愛いものだと思いながら肩を竦めた。 「よくやるわ。歴史が変わるかも知れないのに」 「レイちゃんこそよく言うわ。止めなかったくせに」 冷たい微笑でレイを見返す。そしてまた、手の中の空になった瓶に視線を戻した。 「こんなもんで終わるならその程度。試させてもらう権利くらいあるでしょう、あたしたちには」 手の中でころころと転がしながら、醒めきった目をそっと閉じた。 「あの2人の恋に、過去も未来も、全部めちゃくちゃにされるんだから」
まことは部屋でひとり、冷えた笑いの仲間から渡された『取り扱い説明書』を手の平で弄ぶ。説明書の最後には、悪趣味な設計者からのこんなメッセージが添えられていた。
もしも29日間でもう一度恋に落ちなければ、 二度と相手を思い出すことはない。
2003年02月12日(水)
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