金魚花火【9】

 「誰か居たの?」
人の出入りの殆どないこの場所で、自分以外の足あとを始めて見た――わたしは足あとをつけられない――ものだから、彼女は少し驚いていた。規則的に折れた草の跡をなんとはなしに目で追ううさぎに、わたしが頷く。
「懐かしい友人が遊びにきていたの」
うさぎは嬉しそうに微笑んだ。
「友達居るなら、紹介してくれればよかったのに。」
ありがちな独占欲も妬心も彼女には無いから、純粋な喜びの顔でわたしを見た。
三回も一方的な別れをつきつけているのに、それに気づいているのかいないのか、また何食わぬ顔で現れる。そしてわたしも、まるで何も無かったかのように、親しさだけを募らせていった。
「そうね、今度会えたら必ず紹介するわ」
「ありがと。それじゃ亜美ちゃん、今度こそ行こう。」
にこりと笑うと、ためらいもなくわたしの手を取った。確かな感触でわたしの手の平にぬくもりを繋げ、わたしはその全てに戸惑う。
「お祭りが始まるよ」


 「月野、こっちこっち」
うさぎに手を引かれながら歩いて行くと、すっかり祭りの後の静けさを湛えた神社の境内に、3人の少年たちが居た。その中のひとりがうさぎを見つけて手を振る。
「そっちが噂の幽霊さん? 俺、星野って言うんだ。よろしく」
「……ほんとに居たんだ」
「なに、夜天くん疑ってたの?」
「普通疑う。星野は普通の神経じゃないんだよ。ねぇ、大気?」
「…………」
「固まってるし。――まあ、これくらいの反応の方が正しいと思うよ。」
親しげに言葉を交わしている3人に気を取られていると、うさぎが軽く手を引いた。
「中学で出来た友達なんだ。亜美ちゃんのこと話したらみんな協力してくれるって」
「協力?」
亜美の言葉を遮るように、うさぎは星野に手渡された狐の面を亜美に被せた。ごく普通のことのように収まった面を見て、大気が息を呑む。
「……非常に興味深いですね」
「分析はいいから、さっさと始めようぜ」
ようやく硬直から脱した大気と、気だるげな夜天の肩を叩いて星野が走り出す。
「いいよって言うまで、見ちゃダメだよ」
一緒に駆け出したうさぎの悪戯っぽい声を聞きながら、亜美はお面の内側で目を閉じた。閉ざす瞼ももう無くて、それは形ばかりのことだけど、本当にそうできたらどんなに良いだろうと思った。
自然と流れ込んできてしまうやさしい子供たちの悪戯に、涙が止まりそうに無かったから。


ああ、お祭りが始まる。



2003年02月09日(日)
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