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■ 空に浮かぶ森【18】
「痛い! ほんとに痛い! あんた手加減って言葉を知らないのかいっ?!」 「その程度の単語ならあなたより沢山知ってるわよ。で、それがどうかしたの?」 「…………」 なんでてめぇに手加減なんかしなきゃいけねぇんだよとか、黙って見てれば調子に乗りやがって、とか言う言葉が振り返りもしない背中に書いてあるようだった。 その横を歩くセレニティが申し訳無さそうにちらっと振り返る。まことは気にしなくていいよ、と目で応えた。 「馴れ馴れしくアイコンタクトなんて取らないで」 「……背中に目でもつけてるの、あの人」 相変わらず振り返ることなく言い放ったヴィーナスに、レイが溜息交じりに呟く。亜美はその横で興味深げな顔をしていた。 「ジュピターって、まこちゃんと似ているようで随分違うのね」 「なに、この状況でジュピターの方なの、亜美ちゃんの着眼点は」 「面白いと思わない? ヴィーナスがあんなに怒っているのに、同じくらい過保護なジュピターは少しも怒ってない。自分の役目みたいなものだった、パートナー役までまこちゃんに取られちゃったのに」 「あの子が楽しければそれで良いんでしょ」 セレニティの後姿に視線を送る。 「それが面白いと思ったのよ」 さくさく草を踏む音に紛れるくらい小さい声で、亜美とレイは言葉を交わした。 「彼女はプリンセスさえ幸せなら、それで世界が完結してる。まこちゃんはああ見えてすごく色んなことに悩むのに、彼女の感情は著しく欠如してるとも言えるわ」 「で?」 「強くなれないじゃない。悩むことがひとつもないなんて。それゆえの強さもあるんだろうけど。成長はないわね」 未だぴりぴりと殺気を放つヴィーナスをジュピターが宥め、呆れたようなマーズが肩を竦める横で、マーキュリーが少し笑っていた。リラックスしたようなその姿にも、自分たちへの警戒が薄い膜のように張り巡らされているのが分かる。きゃーきゃー騒ぐうさぎと美奈子が、油断の塊のように振舞っていてさえもだ。(実際に油断の塊だが) 「ねえレイちゃん、真贋に関わらず、彼女たちは昔の私たちによく似ているわ。」 「……そうね。」 鞘の中、抜かれる瞬間を待ちわびる刃物のように、ぎらついて頑なだったマーズの姿を思い起しながら、レイは低く答えた。隣で静かに話す少女とよく似た女が、癇癪持ちの子供のような素振りを見せたことも、同時に思い出す。 「面白いわね。こんな形で回顧してみれば、意外と今の自分に自信が持てるもの。」 「……それって、あっちが聞いたら怒るような意味で言ってるのよね? 勿論。」 「どうかしら。私は純粋な気持ちで言ってるけど、仮に嫌味だとしても、あの人たちには分からないんじゃないかしら。」 鎧のように逞しい戦士の面差しの中に隠れている、あまりにも幼稚で未熟な、神話の頃の自分たち。それを落ち着いて思い描けるだけ、あの頃よりマシになっているのだろうか。 薄く微笑んだ唇が吐き出す混じり気なのない毒を聞き流し、そんなことを思った。
2003年01月21日(火)
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