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■ 空に浮かぶ森【14】
「以上がアタシの見解ですが、如何でしょう? リーダー」 へらっと笑い、ジュピターがヴィーナスの肩を叩く。 「ええ、そうね」 子供のようなその笑顔に、ヴィーナスは厳しい顔を一瞬で翻し、さらりと同じ笑顔で応えた。 手の平を返したようなヴィーナスの態度に、美奈子たちが肩透かしを受けたような気分でお互いの戸惑い顔を見交わし合う。 「さっきはごめんなさいね。マーズは見ての通りだから、あの場であっさり貴女たちと和解しても、やっぱりケンカになるだけだと思ったの」 ヴィーナスの言葉に、やっと亜美が理解する。 「じゃあ、今のはワザと?」 ヴィーナスは察しの良さを褒めるように微笑んだ。 「気難しいけど、根っから極悪非道冷血人間ってわけでもないから、多分貴女たちの友達もちゃんと保護してくれる筈よ。どうせあたし達はいつでも帰れる。事の原因を突き止めて、貴女たちが此処から脱出する為の手助けをするぐらいの時間はあるわ」 「ヴィーナス、関わりすぎじゃない?」 そうは言ったマーキュリーだったが、それが最善だと彼女自身思っていた。 「あたしたちのプリンセスは、きっとそれを望む筈だから」 ヴィーナスが言った。 幾重にも重ねた本心の読めない笑顔の中で、唯一混じり気のない、従者の誇りに満ちた笑顔だった。 「さすが、守護神の鏡」 ぱちぱちと、ジュピターが手を叩く。 「どうも。それじゃあ、マーズ達のあとを追いながら、あなた達の話を聞かせてもらおうかしら。何故あたし達と同じ姿をしているの、か……」 遮るように、悲鳴のような声が被った。 「――ヴィーナスっ!」 「プリンセス?!」 木立から覗いた姿に、まことが驚く。髪を乱し、必死に助けを求めるセレニティの様子、そして、一緒に居た筈のうさぎの気配はない。足元から大地を失い、氷の上に立っているような気分だった。 「……どうしたのですか、そんなに慌てて」 よろめきながら駆け寄るセレニティを見下ろし、ヴィーナスが静かに問いかける。 「うさぎは? うさぎはどうしたの!?」 口元を覆って目を見開く亜美の横で、レイが声を震わせた。セレニティは彼女たちの方を涙の溜まった瞳で見返し、すぐに伏せてしまう。 セレニティが息を弾ませながら必死で何かを伝えようとするのを、美奈子が吐き気さえ感じながら見守った。頭の中で、ここに居ない少女の名前がぐるぐる回る。 「……ヴィーナス……たすけて、ヴィーナス。怖い人たちが、来る……わ……、……っ!?」 『…………!?』 言葉も半ばで、セレニティの顔が苦渋に満ちて歪む。一瞬の出来事に、亜美たちの視線が釘付けになった。何が起こったか理解出来ないままで――小さな少女の細い首に絡まった鎖と、真っ白な四肢に突き刺さる木の葉の刃に。 「何をしてるの、ヴィーナス、ジュピター」 呆然としたレイが言った。そしてそれ以上に虚ろな眼差しで、セレニティがヴィーナスの目を覗き込む。 「……どうし、て……?」 首に絡みつく金色の鎖がより深く食い込んだ。 「その答えは、まあ、マーキュリーみたいに論理的に説明する事は出来ないわね。言うなれば直感?」 ヴィーナスが首を傾げる横で、ジュピターが、仰向けに開いていた掌を何かを握り潰すような仕草で力強く閉じる。ヴィーナスとジュピターの声が重なった。 『あんたは、守る気がしない』 いつもの愛想を欠片も感じさせないような恐ろしい虚無を覗かせた2人を見て、セレニティ――の姿をしていたモノが、最期の最後に諦めを覚える。 「だから……分の悪い戦いだって言ったんだ……」 鎖と葉の刃に貫かれた体は、ぐにゃりと形を変え、砂のように零れ崩れて消えていった。 「何、今の」 喉が張り付く感覚を感じながら、亜美が辛うじて呟く。 「さあ、分からないわ。でも、少しは事態が動き出したみたいね」 答えたマーキュリーは、亜美よりは幾分冷静だった。 「ここの植物、」 ついさっき、穏やかな眼差しで思い浮かべた少女たちと同じ姿をしていたのに、それが消え失せた今、完全にそれに対する興味などない表情で、手を握ったり開いたりするジュピター。 「やっぱ自然物じゃないんだな。使いづらかった」 明らかに普通じゃない事が起こったにも関わらず、動揺の殆どない三人の戦士たちに、美奈子の気が引き締まった。 (本当に“戦士”なんだ、この人たち) はるか達に少し似ている、と、四人が肌で感じる。変身して戦ったとしても、到底勝てる気がしない。圧倒的な経験の差が、彼女達を隔てているのだ。 「何にせよ、急ぎましょう。本物の方にも何かあったかもしれない」
そう言ったヴィーナスの顔は、無表情だった。
2003年01月17日(金)
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