空に浮かぶ森【13】

 静かで抑揚のないヴィーナスの声に、全員がひたっと動きを止めた。
「……私たちが追っているのは、プリンセスじゃないわ」
亜美が慎重に言う。
「プリンセスがあの少女と共に行動している以上、同じことよ」
威圧的な態度で切り捨てるヴィーナスに、美奈子が頬の辺りをひきつらせながら反論した。亜美が、お願いだから刺激しないでと哀願の表情を浮かべているのも構わずに。
「敵でない証明なんて、どうすれば納得してもらえるの? 大体、敵じゃないかって疑ってるのはこっちも同じなのよ。証明の仕方を知ってるなら、そっちが先にしてみなさいっての」
ヴィーナスは威厳ある沈黙でそれに答え、美奈子が少し怖気づいた。
「……な、なによ。なんか言い返したらどう?」
「そうね。言い返しても良いけど――マーズ」
「はい」
司令官の目を見せたヴィーナスに、マーズが姿勢を正す。
「貴女は先にフォボスの後を追って。あの2人・・・・に、フォボスひとりじゃ荷が重いわ」
返事も無く、マーズはヴィーナスが巻き起こした追い風に乗って駆け出していった。
「さて、」
「もういいだろ、ヴィーナス?」
マーズの背を見送り、再び牽制的に口火を切ったヴィーナスを、ジュピターが遮る。ヴィーナスは面白がるように唇の端をあげた。
「……なにが、かしら?」
マーズの走り抜けた――そしてその少し前に、少女たちの走りぬけた小道を眺めながら、ジュピターが目を細める。
「アタシたちには解かる筈だよ」
それまで一言も話さず、この状況に対しどんな立場で居るか分からなかったジュピターの穏やかな眼差しは、戦う覚悟すら決めていた亜美たちには少し頼もしく見えた。
「造形を限りなく完全に真似ることはできても、星の輝きは決して模すことなどできない。あの子の纏う星の力は……アタシには光に見える」
マーキュリーは、とても真摯にその言葉を聴いた。
(そう、そうよ、私にも光に見えたの。可笑しな話だけれど、大嫌いな、あの言葉がよく似合うの)
常に「信じる力」を持っているジュピターの笑顔は、時にこうして、マーキュリーが決して許せない言葉を許させる。
「無条件で愛して、守ってあげたくなる光なんだ」
(そう、無条件に、信じて、しまいそうになる)
正しい判断をしなければいけないときに亜美がよくするように、マーキュリーが、微かに息を止めてゆっくり瞬きをした。目を開く次の瞬間に、全く新しい眼で世界を見る気持ちで。

(使命の名のもとに、守るべき人はただひとり。――だけれども、)


2003年01月16日(木)
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