空に浮かぶ森【8】

 「今の音は……?」
フォボスの言葉に、レイたちが不思議そうな視線を交し合う。亜美だけがすぐにその疑問に答えられた。
「銃と言う武器を使った音よ。これで二度目。……貴女がここに来たときも思ったけど、今のではっきりしたわね」
「……まさか……」
「ええ、多分」
「……あのさぁ、話が見えないんだけど……」
難しい顔をしてとんとんと会話を進めていくフォボスと亜美に、まことが手を挙げて説明を求めた。亜美は振り返り、ゆっくりとした口調でみんなの顔を見渡す。
「もしかしたら、狙われているのが“四守護神”かもしれないってことよ。さっきはただの猟銃かとも思ったけど、違う。この森は、やっぱり普通の森じゃないわ。―――気付いてる? さっきの銃声が聞こえたとき、鳥が一羽も飛んでいかなかった。こんなに自然があるのに、虫一匹いない。有り得ないことよ。つまり、ここは造られた空間で、私たちは何者かに作為的にここへ連れてこられたのよ」
「おおー、さっすが亜美ちゃん!」
亜美の分かり易い解説に、美奈子が感嘆の声をあげる。レイはその気楽な様子に溜息をつきつつ足元を見た。確かに、草の陰にも樹の根にも、生命の痕跡らしきものさえない。異常、だ。勿論動物の類も居ないだろう。それで猟銃もなにもあったものではないのだから、この辺りに居るであろう四守護神が狙われたと考えるのが妥当だ。
「……うさぎも、一緒にいるかもしれないわね」
「兎?」
「ああ、それ名前。アタシたちの友達だよ。探してるんだ」
レイの呟きを聞きとがめたフォボスに、まことが答えた。
「その子を見たら、きっとまたアンタ驚くよ」
楽しそうに笑うまことに、フォボスが眉をしかめる。
「まさか、プリンセスにそっくり……とか?」
「大当たり」
「………………いったい何者ですか。貴女方は」
「そう言われても、説明はちょーっと難しいわねー……。て言うか、そもそもよく簡単に信じてくれたわよね。あたしたちが、その、四守護神じゃないって。姿は殆ど一緒のはずだけど」
肩を落とすフォボスを見ながら、美奈子が素朴な疑問を口にする。正直、自分でさえまだ今の状況を把握しきれていない。プリンセスに会い、その肌に触れてさえ、まだ信じきれないのだ。良く似た顔立ち、聞き覚えのある声、同じ星の輝きを持っているのに、違う人物だなんて。……遥か昔に失った、大事なひとが、今ここに居るなんて。
普通なら、そう簡単に呑みこめる事態ではないはずなのだ。
「その答えなら簡単です。わたくしが、貴女を苦手と感じないからです」
フォボスは亜美の方に視線を向けた。
「……え?」
「……私の知るマーキュリー殿の前なら、私はこんなに平静で居られない。私は火の属。あの御方は水の属。存在の根底から相対する者同士。そして私は、より下位の者です。あの圧倒的な力を前に対等で居られる火の眷族は、同じ位を持つマーズ殿くらいでしょう」
「興味深いお話だけど……なんか複雑な気持ちになるのは何故かしら?」
淡々と話すフォボスに、亜美は少し不満気な顔をした。要は、前世の“マーキュリー”に比べ、力が劣っていると言われたようなものなのだから仕方ないだろう。
「まあまあ亜美ちゃん、そんなことあんまり気にしないで。別に前世と今との力の差って言うわけじゃなくて、多分、変身してるかどうかの問題だと思うし」
不機嫌になりかけている亜美に、レイが小声で耳打ちする。
「ま、そりゃそうね。昔は常に変身後の能力値だったわけだし……あのさ、ひとつ聞いていい?」
「どうぞ」
唐突に話の切り替わった美奈子の言葉に、まことが先を促す。
「プリンセスは?」
『…………え?』
その場にいた全員が、一瞬、状況を理解出来ずに間抜けた声を出した。暫くの間がある。ようやくで動き出したまことは、ゆっくりと自分の周りを見渡して、たった今まで自分の側にいた筈の少女の姿を探す。
「……プリンセス?」
呼びかける声に、当然、応える者はなかった。セレニティの姿は、いつのまにかその場にはなかったのだ。
「ああ、もう!」
呆然としたまことの隣りで、苛立たしげな声。
「うさぎちゃんと言い、プリンセスと言い、心配かけることに関しては天才的だわ!」
『同感!』
怒鳴り声と共に駆け出した美奈子の言葉に、同じく駆け出したフォボスとレイの声が重なって応えた。
「私もまったくもって同感だわ。……まこちゃん? 大丈夫?」
今日二度目となる問いかけを、亜美がまことに投げ掛ける。まことは作り笑いさえなく、泣きそうな顔をしていた。その目は過去の、何か、象徴的なものを映し出しているかのように遠くに据えられていた。多分、炎や、瓦礫や、剣や、血で汚れたドレスなんかが、映っていたのだろう。いつの間にか後ろ姿しか思い出せなくなっていた、あの幼い姫の。
「どうしてあんなに切ないくらい、守りたいと思ったのか分かったよ。……あのとき、できなかったからだね」
亜美はまことの背中をぽんぽんと叩いて、笑った。

「同じ後悔に苛まれないように、走りなさい」



2003年01月11日(土)
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