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■ 空に浮かぶ森【8】
「今の音は……?」 フォボスの言葉に、レイたちが不思議そうな視線を交し合う。亜美だけがすぐにその疑問に答えられた。 「銃と言う武器を使った音よ。これで二度目。……貴女がここに来たときも思ったけど、今のではっきりしたわね」 「……まさか……」 「ええ、多分」 「……あのさぁ、話が見えないんだけど……」 難しい顔をしてとんとんと会話を進めていくフォボスと亜美に、まことが手を挙げて説明を求めた。亜美は振り返り、ゆっくりとした口調でみんなの顔を見渡す。 「もしかしたら、狙われているのが“四守護神”かもしれないってことよ。さっきはただの猟銃かとも思ったけど、違う。この森は、やっぱり普通の森じゃないわ。―――気付いてる? さっきの銃声が聞こえたとき、鳥が一羽も飛んでいかなかった。こんなに自然があるのに、虫一匹いない。有り得ないことよ。つまり、ここは造られた空間で、私たちは何者かに作為的にここへ連れてこられたのよ」 「おおー、さっすが亜美ちゃん!」 亜美の分かり易い解説に、美奈子が感嘆の声をあげる。レイはその気楽な様子に溜息をつきつつ足元を見た。確かに、草の陰にも樹の根にも、生命の痕跡らしきものさえない。異常、だ。勿論動物の類も居ないだろう。それで猟銃もなにもあったものではないのだから、この辺りに居るであろう四守護神が狙われたと考えるのが妥当だ。 「……うさぎも、一緒にいるかもしれないわね」 「兎?」 「ああ、それ名前。アタシたちの友達だよ。探してるんだ」 レイの呟きを聞きとがめたフォボスに、まことが答えた。 「その子を見たら、きっとまたアンタ驚くよ」 楽しそうに笑うまことに、フォボスが眉をしかめる。 「まさか、プリンセスにそっくり……とか?」 「大当たり」 「………………いったい何者ですか。貴女方は」 「そう言われても、説明はちょーっと難しいわねー……。て言うか、そもそもよく簡単に信じてくれたわよね。あたしたちが、その、四守護神じゃないって。姿は殆ど一緒のはずだけど」 肩を落とすフォボスを見ながら、美奈子が素朴な疑問を口にする。正直、自分でさえまだ今の状況を把握しきれていない。プリンセスに会い、その肌に触れてさえ、まだ信じきれないのだ。良く似た顔立ち、聞き覚えのある声、同じ星の輝きを持っているのに、違う人物だなんて。……遥か昔に失った、大事なひとが、今ここに居るなんて。 普通なら、そう簡単に呑みこめる事態ではないはずなのだ。 「その答えなら簡単です。わたくしが、貴女を苦手と感じないからです」 フォボスは亜美の方に視線を向けた。 「……え?」 「……私の知るマーキュリー殿の前なら、私はこんなに平静で居られない。私は火の属。あの御方は水の属。存在の根底から相対する者同士。そして私は、より下位の者です。あの圧倒的な力を前に対等で居られる火の眷族は、同じ位を持つマーズ殿くらいでしょう」 「興味深いお話だけど……なんか複雑な気持ちになるのは何故かしら?」 淡々と話すフォボスに、亜美は少し不満気な顔をした。要は、前世の“マーキュリー”に比べ、力が劣っていると言われたようなものなのだから仕方ないだろう。 「まあまあ亜美ちゃん、そんなことあんまり気にしないで。別に前世と今との力の差って言うわけじゃなくて、多分、変身してるかどうかの問題だと思うし」 不機嫌になりかけている亜美に、レイが小声で耳打ちする。 「ま、そりゃそうね。昔は常に変身後の能力値だったわけだし……あのさ、ひとつ聞いていい?」 「どうぞ」 唐突に話の切り替わった美奈子の言葉に、まことが先を促す。 「プリンセスは?」 『…………え?』 その場にいた全員が、一瞬、状況を理解出来ずに間抜けた声を出した。暫くの間がある。ようやくで動き出したまことは、ゆっくりと自分の周りを見渡して、たった今まで自分の側にいた筈の少女の姿を探す。 「……プリンセス?」 呼びかける声に、当然、応える者はなかった。セレニティの姿は、いつのまにかその場にはなかったのだ。 「ああ、もう!」 呆然としたまことの隣りで、苛立たしげな声。 「うさぎちゃんと言い、プリンセスと言い、心配かけることに関しては天才的だわ!」 『同感!』 怒鳴り声と共に駆け出した美奈子の言葉に、同じく駆け出したフォボスとレイの声が重なって応えた。 「私もまったくもって同感だわ。……まこちゃん? 大丈夫?」 今日二度目となる問いかけを、亜美がまことに投げ掛ける。まことは作り笑いさえなく、泣きそうな顔をしていた。その目は過去の、何か、象徴的なものを映し出しているかのように遠くに据えられていた。多分、炎や、瓦礫や、剣や、血で汚れたドレスなんかが、映っていたのだろう。いつの間にか後ろ姿しか思い出せなくなっていた、あの幼い姫の。 「どうしてあんなに切ないくらい、守りたいと思ったのか分かったよ。……あのとき、できなかったからだね」 亜美はまことの背中をぽんぽんと叩いて、笑った。
「同じ後悔に苛まれないように、走りなさい」
2003年01月11日(土)
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