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■ 空に浮かぶ森【4】
ガンガンに響く声はどんな目印よりも強烈で、明晰な頭脳と優秀なコンピューターがなくても、研ぎ澄まされた感性がなくても、彼女を見つけるのは簡単だった。 真っ直ぐに突っ切ることを許さない木々を必要最小限の動きですり抜けながら、途切れることのない声に向かって走る。 「近いわ」 言うが早いか、まだ若い樹の根元に、うずくまって泣いている少女を見つけた。 強すぎる陽を遮る木々の隙間から、木漏れ日が少女に注いでいる。滴る水音が柔らかく響き、森全体が、彼女を優しさで包んでいるようだった。 その絵画のような情景に思わず見とれ、駆け寄る足が自然と緩む。 「…………みんな……どこへいったの……。ひとりにしないでよぉ……」 両手で顔を覆い、心なしかいつもよりも幼い声で泣く少女は儚げで、今にも綺麗な景色の一部となって消えてしまいそうだ。 「大丈夫だよ。あたしたちは、ここにいるよ」 パニックに陥っている少女を怯えさせないように、まことが穏やかな声をかけた。ゆっくりとした動作で、静かに肩に手を置くと、少女は涙に溺れる瞳をあげ彼女を見た。そのあまりにも頼りなく、あまりにも弱々しい眼差しにまことはとても驚いて、なにかから庇うように咄嗟にその肩を抱いた。 「……大丈夫だよ、ここにいるから」 呆気に取られる仲間たちも顧みず、ただひたすらにその言葉を繰り返す。腕の中の少女が落ち着くのを待ちながら、まことは想った。どうしてこんなに、切ないくらい守りたいと感じるのだろうか。 「……こわかったの」 「うん」 ただただ頷くまことの横に立って、美奈子が少女の頭を撫でた。 「…………もう会えないかと思ったわ……」 「そんなことない。あたしたちは、いつだってそばにいるわよ。たとえ離れても、また巡り合えるわ」 当たり前のように口をすべった言葉を振り返り、少し驚いた。どうしてこんなことを口走っている? 自分に問い掛けたが、答えは返ってこなかった。 ただ、少女はいつのまにか笑っていた。 「ありがとう。なんか、今日はみんな優しいんだね」 「失礼ね。いつもは優しくないみたいじゃない」 レイの切り替えしに、少女は声を立てて笑った。 「マーズが厳しいのだけはいつもどおりだわ」 「……は? あんた何言って……」 いつもと違う呼び名で自分を呼ぶ少女に違和感を覚え、それを問いただそうとしたそのとき、騒々しく森が鳴いた。 「銃声!? ――――ちょっと、真面目にここどこよ!」 美奈子は叫びながら、うさぎを庇うように引き寄せて、亜美に視線を送る。予想通り、亜美は再度コンピューターを操作して発砲地点の特定を試みていた。音だけで判断するならそう遠くない。しかもここは木々の生い茂る森の中。音は散乱し、その角度も曖昧になってしまう。もしかすると、思うより近くからだったかもしれないのだ。 「マーキュリー、今のはなあに?」 「? さあ、まだ確認できてはいないけど……多分、猟銃かなにかだと思うわ」 「りょうじゅう?」 「動物や鳥を撃つ銃のことよ」 「動物や鳥――――それじゃあ、ここは地球なのね」 「だから、さっきからなにわけの分かんないこと言ってんのよ! …………ちょっと待って、あんた、その髪……?」 苛立たしげに怒鳴ったレイは、うさぎを真正面から見据えて、ようやく異変に気がついた。どうしてそれまで気付かなかったのかが不思議だった。不思議な空間に予告なく飛ばされた動揺の所為か、それとも――――ひどく、見覚えがあったからか。 「あたしの髪が、どうかした? マーズ」 薄紫に透ける自分の銀色の髪を、うさぎが手にとって眺める。色素の薄い瞳で。 「うそ……でしょ……、まさか」 美奈子も気がついた。亜美も、まことも。目が覚めたように。若しくは、まどろんで見る夢の中に落ちていくように。 幻想的に霞む色彩の中であまりにも儚く感じられた少女は、夢の中で何度も、崩れゆく神殿の中に見失った大切なひと。 「…………プリンセス……セレニティ」
2003年01月07日(火)
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