空に浮かぶ森【1】

内部うさ

written by みなみ




 不意に突風が吹いた。
その次の瞬間には見覚えのない場所に立っていた。


 「事態が呑みこめないんだけど、これってどう言うことだと思います?解説の水野さん」
目眩のような感覚が残る体を意思の力でしっかり立たせ、動揺を表さないように軽い調子で美奈子は笑った。
しかし亜美は軽口に応答もせず、自分の役割である分析を即座に始めていた。代わりにレイが美奈子のその態度に憮然とした視線を投げつける。
「ちょっと美奈子ちゃん、ふざけてる場合じゃないでしょ」
「そうは言うけどね、レイちゃん。真面目に考えたって理解不能なもんは理解不能よ?下校途中にいきなり異世界に飛ばされましたな今の状況、理屈で片付けられる?」
冗談ぽい態度ではあるが、内容はあくまで冷静で的確な美奈子の言葉に、レイは言い返せなかった。平静を装ったつもりだったが、やっぱり動揺してたことを否定できない。改めて落ち着こうと、一呼吸置いて周りの景色をぐるりと見渡してみた。
美奈子の言った「異世界」の言葉通り、少なくともそこは普段の自分たちの生活圏とはまったく違う場所だった。
頭上高くで光を放つ太陽と、それを遮る無数の木の葉。濃い緑の葉を茂らせる大樹の群れを抱くのは、瑞々しく深い森。彼女達はそこに居た。
ひんやり心地の良い冷たさに気付き足元に視線を落とすと、爪先を濡らす水の流れがある。大地に緩急をつける太い樹の幹はその水で湿っていて、階段のように積まれた大きな岩もすべて、苔に覆われていた。森の奥はもう果てを感じないくらいに続いていて、零れる光に満ちている。
「きれいだな……」
思わず洩れたまことの呟きに、レイと美奈子も無言で頷いた。これだけ深い森なのに、鬱塞した雰囲気はまるでない。少なくともここが富士の樹海でないことだけは確かだ。
「とりあえず、今すぐ敵から攻撃があると言う雰囲気ではなさそうね」
常備携帯のコンピューターを目まぐるしいスピードで操作していた亜美が、ようやく一息ついて顔をあげた。
「見る限り誰もなんともないみたいだ……し……?」
声と気配だけで感じていた仲間たちを見回すと、違和感がある。いや、違和感もなにも、克明で決定的な違いだ。
「うさぎちゃんが、居ない!」
動揺も露わに亜美があげた緊迫感に満ちた声で、みんながハッとなって辺りを見回した。
「そんな……っ!気配はあったのに!」
自分のすぐ左脇にいると感じていたまことは、悔しげに叫んだ。まるで光の残像のように、視界の端で彼女の姿を捉えていた気がしていたのだ。他のみんなもそうだった。
「探しましょう、近くにいるはずだわ。あたしも感じたもの、うさぎちゃんを、そばに」
焦りを滲ませるまことの肩を叩き、美奈子は森の奥に向かって走り出した。向かう先に迷いはない。一拍の間も置かず、レイも駆け出していた。美奈子の背中を追うのではなく、同じ方角を目指して。恐らく、特に感性の鋭敏な2人には、より強くうさぎの「気配」が感じられたのだろう。
「私たちも行きましょう。2人とも変身して行かなかったと言うことは、そう遠くないはず。……まこちゃん?どうしたの?」
「あ、いや……なんでもない」
眉間を寄せながら、僅かに俯くまことのその表情に亜美は見覚えがあった。
―― 正確には、亜美が見たわけではないが。
「……思い出してるの?……昔のこと」
「……うん」
気遣う亜美に、まことは上手くも無い作り笑いを見せてから、美奈子とレイのあとを追った。
「いつもアタシは、見つけてあげられなかったよね。探し出すのは大抵あの2人の役目で、アタシは、待つことしかできなかった」
「……それを言うなら、"私たち"、でしょ?」
斜めうしろを走る亜美は誰の眼にも映らないその角度で、安心して自嘲気味な笑顔を浮かべられた。


2003年01月04日(土)
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