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■ 春待ち【ジェダセレ】
地球の冬は寒い。 常春にコントロールされた月のドームの中からやってくると、それはことさら肌に染みた。 全部の時間をここで過ごせばきっと慣れて、少しはやさしく感じるのだろう。でもそれができないから、さらにその寒さが染み渡る。 「そりゃそんな薄着じゃね」 マントを肩にかけてやりながら、ジェダイトが笑った。 「だって、あたたかい服なんて持ってないもの」 セレニティは少しムッとして言い返しながらも、ありがたがってマントに身をくるむ。 待っていたかのように強い風がびゅっと吹いて、2人揃って身を硬くした。 「取りあえず中に入ろうよ」 「えーっ、今日は滝を見に行く約束じゃない」 「……寒い寒い言ってるくせに、よくそんなことが言えるね。それに今日行くなんて約束はしてないよ」 「今度って言ったでしょ?」 「今度って言うのは次の季節って意味だったんだ、あの場合は。寒い冬が終わると来る暖かい春。水飛沫が綺麗に見える季節に行こう、って。こんな寒い中で見る滝なんて怖いだけだよ」 「待ちきれないわ」 「僕より長い時間を生きるくせに、僕よりせっかちだね、君は」 「だって、次にくる季節を待ったことなんてないもの。あなたたちが穏やかなのは、冬を知っているからね」 ふと思いついたように、セレニティが言った。ジェダイトはあっけらかんと変わった話題に少し戸惑いながらもなるほどと思った。 確かにうちのクンツァイトより、ヴィーナス殿の方が気が短い。 しばしば言い争う2人を思い出し、慌ててその考えを打ち払う。この距離にあって心を読まれることもないだろうが、考えただけで殺されそうだ。なんとはなしに月を眺める。 「どうしたの、ジェダ」 「いや、なんでもない。とにかく部屋に入ろう。言い訳っぽいけど、今日は狩りがあるから本当に森には行けないんだ」 「狩り?」 「兵の訓練の一環で、弓使いの練習」 「ふぅん」 いまいち具体的なイメージは浮かばないが、弓の練習を邪魔してはいけないだろう。弓を構える張り詰めた空気のマーズを思い浮かべながらセレニティは思った。 「じゃあ、エンディミオンの公務が終わるまでなにして遊ぶ?」 「その前に。念のため聞くけど、ヴィーナス殿の許可は取ってきたんだよね?」 「……もちろんよ」 「なにその間」 「私が信じられないの?」 「何度も裏切られたからね。でも分かった、信じるよ」 私を信じてと言う嘘。信じるよと言う嘘。ふたつの嘘をやさしく繋いで、2人は笑い合った。 ジェダイトがセレニティの手を掴んで秘密の道を走り出すと、セレニティも喜んで地面を蹴った。 この地面の下から、もうすぐ春がやってくる。 暖かい季節。大好きなあの花が咲く季節。
冬は春を待つ季節だ。
握り返した手の温度を、どんな季節より温かく感じながら。
「ジェダイト、私、冬が好きだわ」 「知ってるよ。君はなんだって好きになる。」
肩越しの微笑みに笑い返す。
それはね、あなたがいるからよ。
あなたと見る世界が、やさしいから。
エンディミオンと居るときに感じるかすかな息苦しさも切なさもなく、ただただ穏やかな時間。
2003年01月03日(金)
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