猫になりたい【6】

 ぐらぐらする頭は快感と不快感の区別もつかなくて、めちゃくちゃだった。
飲みすぎたとか言う、分かり易い後悔だけがはっきり判別できる。
ただの飲みすぎなら少し寝れば治るものを、寝ることもできないまま揺さぶられ続けたのだ。結果根強く居座る、たちの悪い二日酔い。
吐き気を抑えて、ふらつきながら甲板に出てきた真夜中。ほとんど夜明け前。
風に当たると少しだけ気分が和らいだ。
「どうしたの?」
頭上から聞こえた声に、すぐさまそれも消えたけれど。
「ロ、ロビン?!」
自分であげた大声に、殴られたような頭痛。「ったぁ……」思わず頭を抱えてうずくまっていると、笑い声。
「コーヒーを淹れたばかりなの。いらっしゃい。」

 ロビンの肩に寄り添って、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んでいると頭痛は次第に引いていった。
腕を回してしきりに頭を撫でてくれた、その手の効果も絶大だ。
「よくなった?」
「……うん」
なんだか、すごく甘やかされてる気がする。
いつも大人だけれど、わけもなくこんなふうにべたべたに甘やかしてくれたことはあんまり無かった。そんなことを思うのは心にやましいことがあるからだろうか。
「飲みすぎね。ほどほどにしないと。」
「……うん」
びゅっと鳴る夜明け前の冷たい風に、ロビンがかけてくれた上着の前を合わせようとしたときに気がついた。
――胸元に赤い痕。
ひどい罠にぞっとする。分かっててつけたのだろうか。せめて衝動であって欲しい。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
震える指で上着を掴みながら、ロビンの視線を捉えるためにその目を覗きこんだ。
ぶり返す頭痛と動揺で潤んだ瞳。身長差から当然上目遣いで、誘うふうな仕草に自然と唇が重なった。
カップを手渡されたときにはまだ少し温かかった気がするのに、いつの間にかひどく冷えたロビンの手が上着に手をかける。
気付いているのかいないのか、まさか確認できるわけもないナミはただ従う。
「どうして閉じないの?」
微笑んで瞼にキスをするロビンに既視感。そういえばビビにもさっき、瞼を舐められた。
この2人がそんな話を知ってるかどうかは分からないけれど、無意識だとしたらこの馬鹿げた話も侮れない。
瞼へのキスは嫉妬の表れだ。
「ロビンを見てたいから。一瞬でも眼を離したくないの。」
上着を肩から降ろし、よどみなく手を這わせるロビンの頬を挟んで、逸らさないようにじっと視線を絡めとる。
見つめ返すロビンが、微かに目を細めた。そこに潜むものが、疲れ果てたナミには読めない。
「……私もよ」
再び触れ合う唇。ナミから漏れたかすれた声。ずっと叫び続けたあとみたいな声には、ロビンにだって聞き覚えがあっただろう。
「一瞬だって、目を離したくないわ」
「……あ…んぅ、」
勝手に閉じたがるのをこらえて、しっかりロビンを見つめ続ける。見つめ続けるあいだは、ロビンはそれに応えてくれる。そうすれば、胸元のしるしには気がつかない。
ナミの頭はそれだけで手一杯だった。
「私の猫は悪戯っ子で、目を離すと何をするか分からないから、ね?」
微笑みは絶やさないままじわじわ昂ぶらせていく。甘やかした愛撫のあとで指を差し入れて、目を離さないでとねだるヘイゼルの瞳を見据えてその奥の熱に尋ねた。
とっくに高みに昇りつめたあとのやわらかさで指を飲み込むそこは、誰にほぐされたの。
「……ひどい子」
胸元の赤い痕にキスを落として強く吸い上げても、もうナミは気付いていない。
健気に見つめてきた瞳は閉じられて、目の淵に涙を滲ませながら喘いでいる。
しがみついてくるのをほどいて顎に手をかけ、その顔をじっと見つめた。不安げにまた開かれる眼差しは眠気と疲れとアルコールの後遺症で混濁していて、明日――もうほとんど明けかかっているけれど――のことなんて考えられそうもない。
「もっと欲しい?」
額に額を寄せて囁きかければ、ん、と判断つけかねる小さな声。
ハナの手を咲かせて、身をよじるナミを抑えつけた。
「欲しいんでしょ?」
答えは待たず、ナミが似ていると言った決め付けの態度で指を増やしていく。きつく締め付けるナカでばらばらに動かして、苦しげな呻きに耳を寄せた。
「……ロビ…っはぁ、も、……むり」
「まだ始めたばかりじゃない」
こんな明け方まで何してたの。知らない素振りで、抵抗の力ひとつ残っていない体にやさしげな手つきで乱暴する。いっそナミにもはっきりと分かるように強姦じみていたら、心も体も傷つけて、この胸の闇も伝えきれるだろうか。
中途半端にいたわり、知ってるよ、と確信を持たせるような言葉も与えないのは、ナミの口から聞きたかったからか、聞きたくなかったからか。
視界の端に水平線を捉えて、明けかけの空、青と黒を繋ぐ橙にこれが答えかもしれないと思った。





ビビとの浮気のあとそのまま正妻(笑)ロビンのところに行ってなし崩し。多分ずっと色々考えてて朗らかな顔で鬱々なロビンさん、強かに計画的に牽制利かせてるビビさん、ぐったりしてて2人の密かな攻防にまるで気付いていないナミさん。どこまで泥沼。

2000年02月21日(月)
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