猫になりたい【5】

 始まったばかりだと思っていた夜も更けて、脱落者続出の甲板。
意識を保っているのはナミとゾロと、今夜の見張りのロビン、ずっと話をしていたらしいビビ。
生存組に名を連ねてはいても、ナミの思考回路はアルコールですっかりへべれけだ。
ビビが仲間になったこと、ロビンとも上手くやってくれそうなこと、そんなことで気が緩んでいたからか、物凄い勢いで回っていた。
「おい大丈夫か、ナミ」
「んー、へーき」
肩に寄りかかりほとんど眠りの中のナミがなんとか応えるけれど、返事に信憑性はない。
食器類の片付けは、サンジが済ませてくれている。自分の役目は酔いつぶれ食いつぶれの仲間たちを片付けることだ。先に片付けてくるかとナミを抱えて立ち上がったとき、いつの間にそばに居たのかビビが手を差し出していた。
「Mrブシドー、私が連れてくわ」
懐かしい呼び名と共に、伸びてきた手がナミの腕をとって肩にかける。
「おい、」
「任せて、同じ部屋だもの。Mrブシドーはあっちをお願い」
言って微笑で送った視線の先から、聞こえてくる高いびき。溜息交じりに頷いて、ナミに回していた手をほどく。
酔っぱらい独特の圧し掛かる重みを一手に引き受けても、ビビは顔色ひとつ変えない。
偵察の為とは言え、犯罪組織のそこそこまで上り詰めた女だということを思い出させる。
「おやすみなさい」
「ああ」
大丈夫?んーへーき。同じ会話を繰り返して、2人の少女は船の中に姿を消した。
「いいのか?」
「なにが?」
ルフィとウソップを肩に担ぎながら尋ねれば、ロビンはしれっと答えた。
「面倒くせぇことにはなるなよ」
「心配性ね、お父さん。」
「誰がだ」
「……昔の話でしょう。何があったにしても。」
深い意味を持った言葉のように言ったそれが、アラバスタでの一件のみを指すわけでないことが分かっているゾロはまた溜息をついてしまう。すでに充分、面倒くさいことになっているようだ。
「昔の話、だろ」
意味もなく復唱して返して、自分も船内に潜り込む。見張りの為に残ったロビンがどんな顔をしているかも、女部屋に戻って行った2人の少女がどんな会話をしてるかも、知ったこっちゃないとゾロは思った。


 ぎぃと、船が揺られる音、ざんと波が打ち付ける音。
風を受ける砂の音に似た耳鳴り、左胸に押し付けた耳が感じる久しぶりの鼓動。
メトロノームのように安定したリズムが、彼女がもう苦しんでいないことを伝えていて、そんな色んな音にナミは安心しきっていた。
「ベッド、着いたわよ。ナミさん?」
頭から落ちてくる声にゆるゆると瞼を持ち上げれば、目の前には確かにベッド。
ああでも、まだ聴いていたいなぁなんて思いながら、力ない腕でそれを伝えようとしがみついた。
「どうしたの?」
くすくす笑ってゆっくりと、ナミごとベッドに倒れこむ。
「誘ってる?」
そんなつもりじゃなかったとは虚ろな頭で考えているけれど、それでもいいと思って、抱き寄せ胸に額を押し付けた。上に乗る少女が待ってと言ってやさしく身を離す。
髪をほどくのを潤んだ視界で見つめながら、懐かしい、と思った。
海の色。風を感じさせるゆるいウェーブ。甲板にずっと居たから、染み付いた潮の匂い。
「ビビ、好きよ、会いたかった。ほんとうに、」
「待って」
短いキスで遮って、まだ何か言い出しそうな唇を撫でる。
「それはもっと、イイ声で言って」
お望みの声を誘うように、動き出す指。まだ体が覚えてる手順に、きっとビビにとっても懐かしいだろう声で鳴こうとして、少しだけ我に返る。
もっと酒に弱ければよかったとすぐに思った。記憶にも残らないような出来事にできたら楽だったに違いない。
でも、アルコールは急速に覚めていく。指先から、それに変わって熱いものが滲み出した。
「……あ…ビビ、」
制止なのか煽りなのか、ままならない声で名前を呼んで、抵抗なのか許容なのか分からない仕草でビビの肩を掴む。
どちらで捉えたにせよ、ビビに止まる気配はなくて、ナミ自身止まれない。
――ロビン。
頭に、見張り台にいるはずの女の名前が浮かぶ。そのたび体がどくんと脈打った。背中を冷たいものが走っているのに、体はどんどん熱くなる。
「…んぅ……っ」
「集中して」
「あっ、あぁ……!」
瞼を舐めて指を沈めて、ビビが言う。
ロビンと初めて会ったあのときに限らず、ビビにはよくこう言って怒られた。
並外れた独占欲。
航海士のさがで逸れがちな意識さえ許せないらしいそれが、滅私の究極として君臨する王族ならではの恋愛の癖なんだろうとナミは考えていた。
でも今は無理な話だ。考えてしまう。
――ロビン。
冗談でも、一度疑われているのに。
今彼女の頭に、少しでもその疑惑が蘇れば能力ひとつで確認することは簡単だ。
だけど止まらない現実がある。
「………すきよ、…ビビ……」

嘘じゃない。
間違いなく彼女の為にも、命を懸けたのだ。

ロビンと恋する前だったけど。って言うのは……言い訳かな?





どっちへの?
酔った勢いで元カノ(寄りを戻してしまいましたが)と寝てしまうナミさん。
どんどん泥沼です。

2000年02月20日(日)
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