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■ 猫飼い【9】
静まり返る夜中、見張りだけが展望台で眠気と戦ってるだろう頃合を見計らって、2人は浴室に居た。 不機嫌に髪をいじってるのを見て、ああ、と思ったロビンが連れてきたのだ。 「なんか、夜とか昼とか分かんなくなりそう」 シャツを脱いでるロビンの横で、すでに脱ぎ終えてるナミが小さな窓から空を眺めていた。久しぶりに見上げた空に、格別の満月。 「それでも、戻ったらちゃんと寝てよ?夜更かしを覚えさせるわけには行かないわ。」 「大人は夜、秘密の遊びをするんだもんね」 にっと笑ってこっちを見るからぎょっとする。 「子供が起きてちゃ困るもんねー?」 「どこで覚えるのそんなこと」 「一等航海士が言ってた。だから寝ろって言われたらちゃんと寝ろってさ」 自分の負担を慮ってのことなんだろうが、思わず頭を抱えてしまう。 「そんなことは覚えなくていいの」 「ね、あんたが夢中になる遊びってどんなの?私もできる?」 「私はそんな遊びしないわ。あなたにもさせない。」 「じゃあなんでいつも早く寝かせようとするの?」 「心配してるからでしょう。自分の体のこと、忘れたの?」 しゃがんで、剥きだしの腹の大きな裂傷に人差し指をとん、と当てる。 「ほら、早く入りましょ」 ぶつぶつ言うのを構わずに手をひいてシャワーの前に座らせる。 ぬるめのお湯をかけて、汗と汚れでべたつく髪を洗い流せば、ナミはやっと人心地ついたように息を吐いた。 指をすべらせると、改めてきれいな色をしていて、いい手触りだった。 癖になりそうだなんて思っていると、同じ言葉が下から響いた。 「すごいきもちいい」 喉を鳴らしてるみたいな声に微笑んで、後頭部に唇を寄せる。 「明日も洗ってあげる。」 「夜更かしになっちゃうよ?」 「いいのよ」 どうせ明日で終わりだもの。と、浮かんだ言葉は水音の中密かに流す。明後日には、多分次の島につく。まるで彼女が導いてくれてるかのように、ここ数日いい風が吹いているから。今までにない順調な航海に乗組員たちは浮かれているけれど、ロビンの心だけが海底深く沈んでいくようだった。 「ねえ、次、ご主人さまの髪も洗ってあげる」 肩越しに振り返ったナミに驚いて、慌てて表情を作り変える。笑えただろうか。 「そうね、ありがとう。ほら前向いて。」 「はーい」 聞き分けよく返事をするナミの肩に、初めて会った日に見たあのタトゥー。 そういえば結局、何も聞かせてもらえなかったと思う。まさかアーロンの一味でもあるまいし、どうしてこんなものを背負っているのだろう。 それどころかそうだ、自分たちは名前だって知り合えてない。 「泥棒猫さん、私の名前知りたい?」 「ご主人さまが私の名前知りたいって言うなら、私も聞いてあげてもいいよ」 「ほんと、生意気」 ふふふと笑ってるうちに手をすり抜けて、ナミがロビンの背後に回る。 「ちょっと、まだ終わってないわよ」 言い終わる前にはナミの小さな腕がロビンの首に伸びてきて、しっかりと抱きしめられていた。サイズの違いから言えば、しがみついてると言った方が正確かもしれない。 「こっち向かないで聞いて」 「……どうしたの?」 「黙って聞いて」 了解を示すように口を閉ざせば、背中にぴったりと張り付いたナミの小さな胸から早鐘の音が聞こえてくる。 「助けてくれてありがとう」 生意気な言葉ばかり紡いだ唇から、震えるほどに頼りない小さな声。 「そばにいてくれてありがとう。ごはんとベッドもありがとう。ぎゅってして寝てくれてありがとう。あんたが海賊でも、性格悪くても、めんどくさくても、あんたが好き。好きだよ、ご主人さま。」 固く巻きついた腕に力がこめられて、頬寄せた耳の横で涙をこらえて息を呑んだのが聞こえた。 「ずっとあんたに飼われてたかったな」 いいよ、と答えてはいけないこと、そんなことを望んでないのは言葉から明らかだった。 わがままで自分勝手。言いたいことだけ言って、自分の気持ちなんて聞く気はないのだ。 「……ほら、髪洗うから、ちゃんと座って」 張り裂けそうな胸から声を絞り出して、絡まる腕をやさしく叩く。 ナミはうんと頷いて、しばらくそのままでいた。
2000年02月13日(日)
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