“トビウオライダーズ”【ロビナミ】

 「ほんと、女好きよね」
ウソップには判別のつけかねる複雑な声音で、ロビンは言った。
「今更だろ」
舵を切りながら甲板で騒ぐクルーを見遣ると、相変わらずのサンジが他の誰かの言葉に逐一突っ掛かり喚いている。
「そう、今更なんだけどね」
ふうと溜息ひとつ。
安定した気候の中、船は思う通りに進んでいく。出る幕もない航海士は下で一緒になって大騒ぎ。珍しいなと考えて、ウソップはすぐ思い直す。海を愛する彼女だから、男たちとは違う意味で人魚の存在が眩しいんだろう。魚と話し、海の中で苦もなく息をして、体全部で潮流を感じていられる。そんな生き方に憧れるのかもしれない。ナミさんは実は人魚なんだとか、サンジが夢見がちな眼差しで言っていたこともある。
「まあ、ロマンだからな。人魚は。」
「人魚に限らないじゃない。王女さまのときも、スリラーバークでも。相手が女の子だとすごく優しい。――女の子なら誰でもいいのかしら?」
なんだなんだとウソップはロビンの顔を覗きこんだ。
「妙に突っ込むな。もしかして気があるのか?」
冗談のつもりだったのに、冗談でもサンジの耳に届いていたら気がおかしくなってしまうだろうような答えが返ってきた。
「ええ、大いにあるわ」
「――――!!?」
「だから、女って言うだけの理由で優しくされてるのなら、哀しい。」
「ままっ待て待て待て! あんまりびっくりするようなこと立て続けに言ってくれるな!!」
「あら、そんなに驚くようなこと?」
「驚くに決まってんだろ! おま、それサンジには言ったのか? その、好き、だってことは。」
「彼に? いいえ? 言ってないわ。」
「そうか。そうだな。まだ言わない方がいい。ショック死しそうだ。」
「ああ、それはそうかもね。」
「いいか? もしその想いを伝える気になったときは、じわじわとだな……」
決定的に食い違いながら、主語の無い会話は何故か順調に進んでいったのだった。



 「ロビンって、かわいいもの好きよね」
ようやく一息ついたサンジの隣に立って、ナミが言う。
騒ぎすぎて疲れたのか、いつもよりスローな動作で煙草に火をつけたサンジが「ああ、」と応えた。
「そうだね、かわいいの基準がちょっと分からないときもあるけど」
「そう、それよ!」
我が意を得たりとばかりにびしっと指を突きつける。
「ケイミーは確かにかわいいからいいんだけど、あの人、小さい声であのヒトデもかわいいって言ったのよ?」
「な、なかなか通だね……」
「通とかの問題じゃない! キモカワイイなら許す……! でも、あれは絶対素でかわいいって言ってた!」
「う、うん。えっと、それで?」
ヒートアップしていくナミに、引きつりながらも微笑を返し先を促した。
突然ナミはトーンダウンして言いよどむ。
「そんな人に……かわいいとか言われて、喜んでいいのかどうか悩んでるの。――てゆーか、結局喜んじゃう自分に悩んでると言うか……」
微かに耳を染めるナミにさてどう返そうかと悩みながら、とりあえず、あの地獄の番犬もかわいいなんて評してたことは黙っておこうと心に決めた。
煙草をすーと吐き出して、刺さるような視線を送っている人を振り仰ぐ。
そんなところから見てないで、ここへおいでよ。
かわいい恋人が揺れてるよ。

つーかなんで長っ鼻まで俺を見てんだ。







(没Ver)


「どうしたのかしら」

「んぁ、あれか?」

鼻に人差し指を押し当てて、ロビンが見ているものを見てみれば、談笑しながらも意識の逸れているナミの姿。
シャツに隠れた左肩を、疼く傷を鎮めるような仕草で抑えつけていた。

「タトゥー?」

見た目が華やかであっても、タトゥーは傷跡だ。たまには疼くこともあるだろう。
そもそも海賊嫌いを自称するナミの刺青は、常々違和感の対象だった。

「ありゃ違ぇよ。ほら、それよりちょっと後ろだろ?」

「そうね」

言いながら記憶を巡らせる。
確かそこには、やっぱり不釣合いなまだ新しい傷跡があった。
惜しげもなく晒していたから、かえって聞きづらかったもの。

「あの傷跡と関係があるの? さっきの…」

聞き覚えのある声だと言って複雑な表情を浮かべていた。
気遣わしげにサンジが、少しだけナミを見遣ったのを思い出す。

「まあそこら辺は俺の口から言っていいのか分かんねぇけど、
 無関係ではねぇな。」

言い難そうなウソップと、恐らくは非常に込み入ったプライベートな内容に遠慮して、ロビンはそれ以上何も言わなかった。



「ナミさん、大丈夫?」

独り言みたいに呟くサンジの声を拾って、振り返らずナミが笑う。
やさしいひとだ。と、お互いに思った。

「もし本人でも、ハチなら大丈夫よ。無害なやつだったし。」

「って言っても、嫌だろ? 顔なんか見るのは」

「嫌だとか痛いとかって逃げ回る女だと思ってるの?
 私、海賊よ。」

不敵な笑みを浮かべて肩越しに振り返る。
爪を立てた肩口にある覚悟。

うん、じゃあ、大丈夫だと。
眩しがるように目を細めて笑い返した。

2000年01月23日(日)
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