思うこと徒然。 - 2010年06月14日(月) 先月、義妹の結婚式に出席してきました。 と〜っても素敵なお式でした…。 やっぱりいいもんですね、花嫁の手紙。 自分のときはと言えば、親に対する感謝の情なんてほとんど無く、 すんごい短い花嫁の手紙でした。 ビリッと破いたノートに走り書きしただけだったし。 司会者さんに、書けと言われて仕方なく書いた感じ。 それに比べて義妹の、両親に対する手紙は愛に溢れていて 涙ぐんでしまいました。 いつも笑顔で優しいお母さん、辛いときには無言で励ましてくれる お父さん、いつもありがとうという言葉で結ばれていました。 いつも笑顔で優しいお母さんかぁ〜…。 羨ましかったなぁ〜。 友達のお母さんが。 いっつも目を三角に吊り上げて、口を開けばお説教かお小言しか 言わない母を、幼い私は本気で嫌ってましたから。 親の側が、いくら愛情を込めた教育だビンタだと勝手に思って いても、子供がそれを愛だと受け取っていなければ全く意味は 無いと思うんですよね。 感情的に放たれたものは、教育ではなく単なる暴力・暴言に 過ぎない。 でもきっと母親自身は、自分は素晴らしい教育をしたと信じて 疑わないと思う。随分前だけど、そういった発言を聞いたことが あったから。 私が 「子供の頃、あんだけ抑え付けられてて、自分でもよくグレへん かったなって思うわ。」 と言ったところ、 「そやろ。うまいこと育てたやろ?」 と返されたとき。 あ、この人何にも分かってないダメだこりゃって思いました。 私にとっては精一杯の反抗の言葉だったんですけどね。 そういう風に思ってたんだと。 私はそうではないと思ってますよ。 母親の強い束縛から離れ、自分で生活するようになってから、 歪んでいた部分を少しずつ矯正してきました。 あくまで、自分で。 母親のこと、母親との関係を客観的に見つめられるようになったのも 離れて暮らすようになってから。 現在、私と母の物理的な距離は約600km。 ちょうどいい感じです。 電話はしょっちゅうしますけどね。 こんな日記書いてるけど、意外と仲いいんですよ。(笑) ただ、小さい頃のことを思い出すと、何だか色々溢れてきて収集が つかなくなるけど。 電話でたまに、私の子育てを厳しいだとかいうことを言うことが あるんだけれど、この人はどういう感情でそういう言葉を発して いるのかな?と疑問に思うことがあります。 それとももうすっかり忘れちゃった? 私が厳しい? 厳しいかな? 泣くほど叩いたりつねったりするから? でもそれは、泣くギリギリの強さの力加減でやってるからよ? あなたは私にどうやって叩いた? 部屋の隅に追い込んで、何発も何発も叩かなかった? ***** ま、今こんなこと書いたって仕方ないんだけど。 表面的にはイイコに見えた私も本当の意味で更生したと思うし (自力でね)問題無いっちゃ無いんだけど。 子供がもう1人増えて、2人が大きくなるにつれどういう子育てを 自分がしていくのかは少し心配ではありますけれども。 当時の母はやっぱちょっと病んでたよなと、今さらながらに 思うカロリィでした。 そして、ちょっと病んだ母親に育てられた私も、多少なりとも 歪んだお子でありましたよ。 ...
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