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2007年10月12日(金) 喫煙難民

喫煙歴二十数年という年季の入った愛煙家の友人が「ベランダでタバコを吸えなくなっちゃった」と言う。マンションの管理会社からベランダでの喫煙を禁止する旨の通達があったらしい。
「え、なんで?」
私は反射的にそう訊き返したものの、すぐに「ま、そりゃそうか」と気がついた。

「ホタル族」と聞くと、家の中では吸わせてもらえずベランダでわびしく吸う哀愁漂うお父さん、を思い浮かべるけれど、考えてみればこれはかなり身勝手な行為なのである。
人はなぜホタル族になるか。それは家族に受動喫煙をさせたくない、あるいは煙や匂いが部屋にこもったりヤニで壁や家具が汚れるのが嫌だから。それでわざわざベランダに出るのだ。
これは見方を変えれば、「吸いたいから吸う。でも煙いのと臭いのは勘弁だから外に捨てちゃおう」ということである。
ベランダでタバコを吸うと、煙は風に乗って隣家に流れる。匂いは洗濯物に付着し、窓から部屋の中にも侵入する。吸っている本人さえ嫌うそれらが吸わない人間にとって心地よいはずがない。
と考えると、「ベランダで喫煙しない」は集合住宅に住む人にとって求められてしかるべきマナーと言える。
「じゃあいったいどこで吸えって言うんだ」
という声が聞こえてきそうであるが、その答えは「家の中でどうぞ」。といっても台所の換気扇の下で、はもちろんだめだ。排気口はたいていベランダにあるのだから。
自分がいらないものは他人もいらない。空気清浄機を置くなりしてどこか一室を喫煙ルームにするしかない。


……という文章は、ホタル族の方には“やさしくない”ものだったかもしれない。
けれども、私は「喫煙者なんてこの世から消えてしまえ」と願っている過激な嫌煙家ではない。たしかにタバコは苦手だが、昨今の愛煙家の人たちが置かれている状況にはかなり同情している。
タバコを嫌悪、いや憎悪している人たちが「デパートの入り口に喫煙スペースがあるんだけど、子どもを連れてるときなんか殺意を覚えるわ」「食事中によそのテーブルから煙が漂ってくると思いっきり睨みつけてやるの」などと口をきわめて非難するのを聞くとうんざりする。
私の友人にも何人か愛煙家がいるが、彼女たちは吸うときにはひと声かけてくれるし、必ず人のいないほうを向いて息を吐く。こちらに少しでも煙が流れようものなら手で追い払う。タバコが嫌われる理由をきちんと理解していて、同席者にこれだけの気遣いができる人だから、見ず知らずの人に対してもそう無配慮なことはしないだろう。
そしてそういう喫煙者はたぶん少なくないと思う。歩きタバコをしたり禁煙場所で吸ったりする人は糾弾されて当然であるが、「喫煙者」という括りでルールを守って吸っている人まで犯罪者ででもあるかのような目で見られるのは不憫だ。
「服や髪についた匂いや口臭にも毒素が含まれてるんだから」
と言って席を外して吸うのも許したがらない人がいるが、どこまで要求すれば気が済むのだろう?と思う。
私なら食事中に目の前で吸うのを遠慮してくれる、その気遣いで十分ありがたい。副流煙がどうのこうのと言っても、たまに会ったときに一日のうちの何十分かそこいらさらされるくらいで肺が汚染されるわけもない。
「タバコは嗜好品。こちらが嫌なんだから我慢してちょうだい」とは私は言えない、言いたくない。自分も相手も少しずつ譲り合い、一緒にいる時間を双方にとってそこそこの居心地にしたい。

オウム事件以降、街中からゴミ箱がことごとく撤去され不便な思いをすることがよくあるが、喫煙者と行動を共にしているときは灰皿を求めてウロウロする。
駅には終日禁煙のアナウンスが流れ、全席禁煙の飲食店も少なくない。残業でくたくたに疲れ果てやっとのことでタクシーをつかまえたら、「禁煙車ですがよろしいですか?」。友人は思わず“迫害”という言葉を思い浮かべたそうだ。
いまや禁煙区域を見つけるより喫煙区域を見つけるほうがよほど困難だろう。肩身の狭い思いをしながら彼らがようやく見つけたオアシスで細々と吸っているのまで目の敵にしなくてもよいではないか。

吸うなら「他人に迷惑をかけない」が大前提。ただ嫌いという理由でなく、体質や体調の問題で煙や匂いが体をかすめるのもだめなんですという人も中にはいるから、「ここは喫煙スペースだからなんの心遣いも必要ない」ではいけないのは言うまでもない。
けれども、嫌煙を叫ぶ側もきちんと分煙されているレストランを選ぶ、喫煙所には近づかないなど「喫煙可の場所を徹底的に避けた上で」文句を言う、そのくらいの思いやりは持ってもいいんじゃないだろうか。

【あとがき】
うちの隣家のご主人もベランダで吸ってることがありますが、部屋にいても窓から匂いが入ってくるので「あ、今吸ってるな」とわかりますね。幸いご主人の在宅時間は夜と週末くらいなので「困る!」ほどのことはないのですが、もし専業主婦の奥さんがヘビースモーカーでしょっちゅうベランダで吸っている……という話だったら、そりゃあ迷惑でしょうね。
ホタル族している人には悪気なんてこれっぽっちもなくて、自分の行為で隣近所の人がストレスを感じているとはまったく想像していないだろうと思います。もし今日の日記を読んでくれた人の中に、自宅での喫煙場所がベランダや換気扇下、という人がいたら、この機会に考えてね。