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2007年05月08日(火) 「オバサン」と呼ばれて。

電車で向かいに座る女子高生ふたりが、「あの人らってなんでああなんやろか」とオバサンの批判を始めた。
片方の女の子が街で見知らぬ中年女性に不愉快な思いをさせられたようで、もう一方がその愚痴に付き合っているうちに世のオバサンの悪口に発展したらしい。
「まあまあ。アンタたちだっていずれはそのオバサンになるんだから、そう意地悪く言いなさんな」
とたしなめたい気も少々したが、しかし聞いていると、その言い分というか分析というかにはなるほどと思う部分もあった。
たとえば、「オバサンはぜんぜん周りが見えてへん」には思わずそうそうと合いの手を入れそうになった。それについては私もつねづね思っていたのだ。
評判の食べ物屋の前では道路をはさんで行列が続いている……という光景をよく見かける。が、そういう場面ではその、列がいったん途切れたところを最後尾だと思い込んで加わる人が必ずいる。道路の向こう側から「こっちから並んでるんですけど!」と言われ、あら、まあとかなんとか言いながら列を離れるのは決まって中高年の女性グループである。
あるいは公衆トイレで。空いた個室に順次入れるよう一列に並んでいるところに後ろからつかつかと歩いてきたかと思うと、すました顔で個室の前に立つ。先頭の人に注意されて初めてみなの冷たい視線に気づき、あたふたと立ち去る。これもたいてい中高年の女性だ。
「みんな並んでるんですよ」と言われたとき彼女たちが一様に驚いた表情をするところをみると、割り込んでやれと思ってのことではなく、本当に順番待ちをしている人たちが目に入っていなかったのだということがわかる。若い人はまずこんな失敗はしないから、私は「年を取るとブリンカーをつけられた馬みたいに正面しか見えなくなっちゃうんだろうか」と思っていた。
そして女子高生たちも同じことを感じていたらしい。

「ふうん、アンタたち口は悪いけど、意外と見るとこ見てんのね」
と心の中で突っ込みを入れていたら、女子高生がこう続けた。
「でも、オバサンはまだええねん。問題はコバサンやねん」
コバサン……?なんだそれ。
と思ったが、もうひとりも神妙な顔で頷いているところをみると、それは周知の言葉らしい。
「オバサンはな、自分がオバサンやってことがわかってるからまだ可愛げあるねん。『うちらオバチャンやしな、堪忍やで〜』みたいな。でもな、コバサンはオバサンに片足突っ込んでるっていう自覚がぜんぜんなくて、まだまだ若いつもりでおるから始末が悪いねん」
そう、オバサンの前段階が「コバサン」だったのである。
しかし、
「ってことは、まだオバサンじゃない私はコバサンか。なかなかうまいことを言うなあ」
と感心したのも束の間、コバサンの対象年齢が二十五から三十歳と聞いてびっくり。
つまり、彼女たちはさっきから三十一歳以上の女性を指して「オバサン、オバサン」と連呼していたのである。

私は現在三十五であるが、自分のことをオバサンだと思ったことはない。私が「若い人たちがうんぬん」と言うときはたいてい二十代の人を想定しているが、だからといって自分と同世代がオジサン、オバサンにはまったく見えない。三十代をそう呼ぶには見た目も中身もちょっと若すぎるんじゃないだろうか。
……と目の前の女子高生の会話に割って入りたくなったが、「自覚のないオバサンはコバサンより最悪!」と罵られそうなのでやめておいた。
まあ、彼女たちの立場になって考えてみるとわからないでもない。高校時代、部活の顧問だった二十六、七歳の体育教師を「若い男性」と感じたことはなかった。いま思えばかっこいい部類に入るルックスだったのに、当時の私にとって十歳という年齢差はいまの私が四十五の男性に対して感じるそれの何倍も大きかったのだ。
もしあの頃そういう言葉があったなら、私たちも彼を「コジサン」と呼んでいたかもしれない。


それにしても、その「オバサン」だらけの車内で臆面もなくそういう話ができるところが、まさにいまどきの子らしいなと思った。
「ここでこんな話をしたらまずいかも……」という発想がないのは、彼女たちにとってそこは貸し切り車両も同然だからであろう。コバサン未満の年齢の女の子の中には自分たち以外の人間を“透明人間”にするのが得意なのが少なくなく、どんな場所でもたちまち「自分の部屋」にしてしまうのにはいつもながら驚く。だから公衆の面前で化粧ができるのである。
先日もこんなことがあった。電車の中で大学生カップルと思しき男女が仲良く温泉旅行のパンフレットを見ていた。日程を考えているようで男の子が手帳を見ながら、
「二十、二十一にしようや。バイト休みやし黄色の日やし、ちょうどええやん」
と言った。パンフレットのカレンダーに黄色の網かけが入っている日が代金の安い日らしい。
そうしたら女の子が叫んだ。
「あかんあかん!私、そのへん血みどろやもん」

ひえー。そんなこと、人の目も耳も気になるオバサンには口が裂けても言えませんよ……。
オバサン、コバサンとバカにするけど、いやいや、あなたがたもなかなかのモンです。

【あとがき】
なにをもってオジサン、オバサンとするかというのは、結局のところ年齢より見た目の問題なのではないかなぁと。わかりやすく、極端な例を挙げると、黒木瞳さんはたぶん40代なかばだと思うけど、彼女を「オバサン」とは呼ばないわけで。ということは、たとえ30代でも見た目にかまわずにいるとオジサン、オバサン呼ばわりされてもしかたがないということになりますね。