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2007年05月04日(金) 遊びの記憶

一歳になったばかりの姪の顔を見に行ったら、妹が「この子、お姉ちゃんみたいになりそうや」と心配そうに言う。
チョットチョット、私みたいになることのなにがご不満?そもそも、私みたいにってどんなふうよ?
すると、「すごいゴンタになりそうな気ィするねん」と返ってきた。
妹の産院は入院中は母子別室だったのだが、離れていても聞こえてくるほどの大音量で泣く赤ちゃんがいた。
「えらい元気な子やなあ。でもこの赤ちゃんのママは大変そう……」
と思っていたら、自分の娘だった------というエピソードを持つくらい、姪は泣き声が派手なのだが、泣くばかりでなく動くほうも豪快なのだとか。検診で知り合ったママたちと会い、赤ちゃんを一緒に遊ばせていてもどの男の子よりも男の子らしい。足は大きいわ、腕力はあるわ、犬を見ても怖がらないわ。その様子が子ども時代の私を髣髴させるという。
母も証言する。妹は比較的おとなしく手がかからなかったが、姉は窮屈嫌いのちっともじっとしていない子で、片時も目が離せなかった。出かけるとき、妹はきちんと母の手をつないで歩くが、姉は先に先に行きたがり、しかも塀の上や溝の中を歩く。なにかおもしろそうなものを見つけるとぱーっと駆け出して行き、そのたび母は妹を抱え、必死に追いかけたそうだ。そんなだからケガをするのも迷子になるのもいつも私。
「同じように育ててもこれだけ違ってくるんやなあと思った」
としみじみと言う。なるほど、いくら帽子をかぶせてもちぎっては投げ、ちぎっては投げする姪を見ていると、私もこんな赤ん坊だったかもしれないという気がしてくる。


いまでこそこんなふうにしっとりとオンナらしくなったけれども(えー、ノークレームでお願いします)、子どもの頃の私は「サザエさん」のカツオみたいな女の子だった。
なによりも外で遊ぶのが好き。放課後はランドセルを放り出すとまたすぐ飛び出して行き、とっぷりと日が暮れるまで帰らない。本当に子どもらしい子どもだったなあとわれながら思う。

家の近所には空き地や池、雑木林や小さな山があった。もちろんどこも立ち入り禁止の札が立っていたが、そういう場所ほど子ども心をかきたてる。
空き地には十匹くらいの野良犬が住んでおり、妹はハトを見ても怯えるような子だったが動物好きの私にとってはムツゴロウ王国だ。塀は高くてよじのぼれなかったので、私は地面に穴を掘って出入りした。小学校高学年になって友達がこぞって塾通いを始めると、彼らと遊んだ。「これには絶対入ったらあかん」と教えながら保健所が仕掛けていった捕獲器の扉を閉めて回ったっけ。
池ではザリガニ釣りをした。長い棒と糸で竿を作り、チクワのかけらをぶらさげる。根気よく待っていると、水底からアメリカザリガニの大きなハサミが見えてくる。
「よーし、はさめ、はさめ……」
息を詰めてゆーっくり引き上げるのだが、誰かが物音を立ててあとちょっとというところでポチャン!となることも多かった。
釣れたものは持ち帰って飼った。ニホンザリガニとの違い、メスがどんなふうに卵をつけるか、脱皮してしばらくは体が柔らかいためすぐに隔離してやらないと共食いされてしまうということも家の水槽で勉強した。
夏になると晩ごはんの後、懐中電灯を持って近所の友達と近くの山の中の木にハチミツを塗りに行った。そうしておいて翌朝五時くらいに見に行くとカブトムシがわんさか集まっているのである……というのが私の計画だったのだが、蜜を舐めにきているのはいつもカナブンだけ。
「またブイブイ(カナブン)かあ」
毎回、空の虫かごをぶら下げて帰った。父の実家に帰省したとき、最寄りの無人駅に夜行くと電灯に集まってきたカブトムシがボトボト落ちていて、宝の山に思われた。あの光景が忘れられず、自分でも捕まえたいと思ったのだが、結局一度も叶わなかった。
山や林の中で遊ぶのは一番楽しかった。野いちご、ヤマモモ、アケビを見つけると大喜びで口に入れ、あの酸っぱいスカンポ(イタドリ)でさえも齧った。栗やムカゴは拾って帰った。何度か痛い目に遭ったおかげでどんな虫に毒があり、どんな葉っぱに触るとかぶれるかというのもよく知っていた。

私がこんな子どもになったのは、田舎育ちの父が週末ごとに野山に連れて行っては花や虫や鳥について教えてくれたり、竹馬や竹鉄砲を手作りしてくれたからである。
だから、当時大流行していたローラースルーゴーゴーやホッピングを知っている世代だからといってその人が自分と同じ思い出を持つとは考えないけれど、それでも外遊びが好きな子どもだったならある程度共有できる風景ではないかと思う。

* * * * *

マンションのツツジがきれいに咲いている。通るときふと、あの花を摘んでよく蜜を吸ったなあと思い出した。いまそんなことをする子どもはいないのだろう。というより、吸うと甘いということを知らないに違いない。
そういえば、缶馬(紐を通して持ち手を作った空き缶の上に乗り、下駄のようにして歩く)やゴム跳びをしている子も見たことがない。私たちの頃は子どもが遊んだあとの道路には、Sケンやケンケンパをやっていたんだなと一目でわかるチョークやロウセキの跡が残ったものだが、それもまったく見ない。空き缶を蹴るカンカラカーンという音が聞こえてきたこともない。縄跳びと一輪車をしているのをときどき見かけるくらいだ。
いまの子はいったいどんな遊びをしているんだろう?ピーピー豆を鳴らしたりひっつきむしを投げ合ったりはするんだろうか。