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2007年04月12日(木) ある人との関係

mixiをしているという人は日記関係の知人には多かったが、最近オフラインの付き合いの人の中にも増えてきた。そういうことにはまったく興味のなさそうなうちの夫まで始めたのだから(義妹から招待状が回ってきたらしい)、まさに「猫も杓子も」という印象だ。
さて先日、会社の昼休みにごはんを食べながらmixiの話になった。そうしたら、うちのひとりが「こないだマイミクを外されてさ……」としょんぼりと言う。
少し説明すると、マイミク(マイミクシィ)というのはmixi内での友人のこと。「マイミクになってください」「いいですよ」のやりとりを経て相互リンクをすることで、互いの日記を読むことができるようになる。マイミクを外されたとは、そのリンクを切られたということだ。
しかし、彼女にはその理由がわからない。自分が書いたここ数日の日記を読み返してみたが、その人を傷つけたり不快にさせたりする内容とは思えない。相手の日記に失礼なコメントをつけた覚えもない。
「たしかに前ほど頻繁には訪問しなくなってたけど、だからなんやろか。コミュニティで仲良くなった人でさ、いつかオフ会できればいいねなんて話してたこともあったのに、すごいショック……」

なぜだかわからないが嫌われてしまった、と落ち込む同僚。しかし気休めを言うわけではないけれど、心当たりがないのならそうとはかぎらないんじゃないの?
たとえば、マイミクを増やし過ぎてしまい、個人的な話ができなくなってしまった……というぼやきはよく聞く。膨れあがったマイミクを整理して一からやり直そうと思い立ち、「嫌いとかそんなんじゃ決してないんだけど、今回本当に親しい人だけに絞らせてもらうことにしました。ごめんなさい」ということだったのかもしれない。
でもいずれにせよ、「外したら角が立つもんなあ……」と我慢しながらマイミクに残されているより、すぱっと切ってもらったほうがありがたいじゃないの。
と私は思うよ、となぐさめた。

人と人の関係は生もので、それは常に変化している。「自分とある人の関係」は、今日と昨日ではほとんど変わりなく見えても、一年前と比べたら違いがはっきりわかることがある。
顔を合わせれば挨拶をする程度の間柄だったのがいまやすっかり打ち解けたということもあれば、逆にあんなに頻繁にやりとりをしていたのにいつしか疎遠になってしまったということもある。先日、遠方で暮らす友人のところに遊びに行こうよと共通の友人を誘ったところ、あまり気乗りしない様子。もう何年も音信不通でほとんど他人状態だという。
「どうしたん、ケンカでもしたん?」
「そんなんじゃないよ。ただ、こっちは一人身であっちは子育て真っ只中でしょ。話が合わなくなってきたなあと思ってるうちに付き合いがなくなっちゃっただけ」

学生時代は私よりむしろその友人のほうが彼女と親しかったのに……と驚いたが、考えてみればこんなことはめずらしいことでもなんでもない。
携帯電話を換えたとき、アドレス帳を見ながら新しい番号を知らせる人、知らせない人を分ける。年末になると、年賀状送付リストから「もういいや」な人を除く。友人・知人関係のリストラは日常生活の中で誰もが無意識のうちに当たり前に行っていることなのだ。
「あっ、マイミクさんが一人減ってる……」
これがことさら寂しく感じられるのは、mixiの場合はそのつながりが目に見えるため、関係の終わりがはっきりわかってしまうからだろう。オフラインの付き合いのように自然消滅、フェイドアウトということができないのだ。
けれども、人と人との距離、「仲」というのが日々変わっていくものであることを考えれば、外したり外されたりということもそりゃああるだろう。

* * * * *

……という話をした数日後。
「こないだ言ってたマイミク外されたって話だけどさ、あれ、解決したわ」
と同僚。
「理由がわかったん?」
「昨日その人からまたマイミクの申請が来てん。なんかね、マイミクに嫌な人がいたんだけどその人だけ外すと揉めそうだったから、いっぺん退会してあらたに入り直したんだってー」
なあんだ、そういうことだったの。真剣になぐさめて損しちゃった。
でもよかったね。いくら「そういうこともある」とはいえ、やっぱり友だちはくるくると入れ替わらないほうがいいもんね。