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2007年04月17日(火) うれしい知らせ

実家の母から電話。いつになく明るい口調だなと思ったら、やっぱりうれしい報告だった。
おっと、「いつになく」と書いたからといって、母がふだんは陰気くさい人というわけではない。ただ、去年からある病気の治療のために薬を飲んでおり、その副作用で常に体調がすぐれず、本来の元気や明るさが封印されているのだ。
一年間の予定でスタートした治療であるが、きつい薬ゆえにそれに耐えられるだけの体力があるかどうかの検査が月に一度ある。それに引っかかると薬を減らされ、最悪の場合は治療中止になってしまう。
治癒率を上げるには期間満了しなくてはならない。母は早い段階から規定量の半分に減薬されてしまっていることもあり、なんとしても最終回までたどり着かなくてはならないのだが、検査のたびにお医者さんから「今回はギリギリセーフ。これ以上○○の数値が落ちると中止になる」と言われていた。
途中でやめたら、ここまでのがんばりが水の泡。私たち家族も検査の日は「どうか今月もクリアできますように」と祈るばかりだったのだけれど、母の電話はその最後の検査が終わり、“完走”できることになった、という知らせだった。

この一年の治療生活が本当に厳しいものであったことは、離れて暮らす私にもわかった。
常に体がだるく、家事も思うようにこなせない。その上節々が痛んだり、手足がしびれたり。髪がたくさん抜けるのも女性としてはつらいだろう。治療中に鬱になる人もいると聞いていたので、メールの返事がなかなか届かないと少し不安になった。
しかし、その日々もやっと終わりが見えてきた。

母がくじけないでがんばってこられたのは父の支えがあったからだが、もうひとつ、同じ治療を受けている同年代の女性のブログの存在も大きかったようだ。
帰省したとき、その人のテキストをプリントアウトしたファイルを見つけた。読んでみると、前向きで非常に明るい女性で「毎日こんなにつらいんです」なんてことはどこにも書いていない。治療の経過や検査結果の数値などが参考になるということもあるが、それ以上に母は「完走目指してがんばるぞー!」というノリに元気をもらっていたらしい。
闘病中の不安やつらさの本当のところは、同じ立場にある人か経験者にしかわからない。治療が終了したら、「母を支えてくれてありがとう」とメールを送るつもりだ。

その女性は少し前に治療を完了し、現在は治癒したかどうか判定待ちの状態だ。体内から薬が抜けたようで、
「体が思うように動くって、どこも痛くないって、こんなに素敵なことだったんだ!」
と日記に書いてある。
母にも、その人にも、そのブログに集まっている人たちにも、どうか待ち望む結果が出ますように。