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2006年11月27日(月) お酒に呑まれる人々

先日、うちにアンケート依頼のメールが届いた。
といっても、毎年この時期になると送られてくる、卒論のテーマに「web日記」を選んだ大学生からの「インターネット上で日記を公開している方を対象に意識調査を行うことになりました。つきましては……」というあれではない。仲良しの日記書きさんからの「今度これこれこういう話を書こうと思っていて、参考にしたいので回答よろしく」というものだ。
日記の裏とりは私もよくする。その友人にも何度も協力してもらっているので、もちろん喜んで応じることにする。
質問はこういうものだった。
「バーのカウンターでひとりで飲んでいるときに、バーテンから『これはあちらのお客様からです』とお酒を差し出されたことがありますか」
つまり、見ず知らずの男性からお酒を贈られたことがあるかということだ。
「そういう経験がありそうな女性に訊いてみようと思って、小町さんにメールした次第」
とのことで、気をよくした私はすぐさまキーボードを叩いた。

「もちろんあるわよ。え、その後どうするかって?そうね、気持ちとプレゼントされたお酒はありがたくいただくけれど、それだけよ。ま、相手がよっぽどいい男だったらわからないケド」

なあんて書けたらかっこいいんだけどなあ!と思いながら、正直に答える。
「経験がありそうと見込んでくれたのはうれしいけど、残念ながらそういうことは一度もないです」
そうは言っても見得っぱりな私、
「ほら、私ってお酒飲まないじゃない?バーにひとりで行ったこと自体がないのよね」
という一文を付け加えるのは忘れなかったけれど……。

* * * * *


お酒を好んで飲むことのない私にそのような武勇伝はない。しかしその代わり、それに呑まれての失敗談もない。
立ち読みした某女性誌の今月の読者投稿欄のテーマは「お酒にまつわる恥体験」。
「隣席の男性から女性の胸の谷間画像を見せられた。なんだこれは?と思ったら、なんと私の!昨夜の飲み会で酔っ払った私は部内の男性たちに谷間を作って見せては写メを撮らせていたらしい」
「酔うと誰かれかまわず電話をかけ、いまから飲もうよとしつこく誘う癖のある(らしい)私。ある飲み会の翌朝、通勤電車の中で携帯をいじっていたら、深夜三時に部長の自宅にかけた発信履歴が……」

お酒を飲んで記憶をなくすという話はよく聞く。ドラマでは「目が覚めたら隣に見知らぬ男の人が寝ていた」という場面はありがちだし、現実でも女性のお尻を触って逮捕された人が「酔っていて覚えていない」と供述しているというニュースがしばしば流れる。
私なら朝起きて夕べ自分がなにをしたかわからなかったら恐怖を感じると思うのだが、それを繰り返す人はそれほど不安でもないということなのか。
友人と食事をして終電で帰る途中、若い女性が乗り込むやいなや通路にペタンと座り込んだ。そしてパンプスとバッグを放り出し、うつらうつらしはじめた。
気分は悪そうではないが、どう見ても酔っ払っている。親切な乗客が席に移るよう声をかけると「うるさい!」と大声で叫び、車掌がいったん降りるよう促しても頑として応じない。短いスカートの足元を気にすることもなく、もしこれが女性専用車両でなかったら……と想像したらぞっとするような光景だった。
しかし、彼女に対して心配も同情も湧かなかった。自分がどんな醜態を晒したかなんてどうせ覚えちゃいないんだから。

お酒が好きでよく飲むという人よりこの世からお酒がなくなっても困らないという人のほうが、「酔っ払い」に対してシビアだと感じる。自分はそれで人に迷惑をかけたことはないという強みから、つい視線が厳しくなってしまうのだ。非喫煙者が喫煙者に寛容になれないのと似ている。
そして私も酒癖の悪い人とだけは飲みたくないと思っているクチだ。……が、そうもいかないのが仕事関係の飲み会。
独身の頃勤めていた会社に酔うと服を脱ぎ、男性にしなを作る女の子がいたのだけれど、私はそれが気持ち悪くてしかたがなかった。この変わりようはなんなんだ。お酒のせいとは思えども、やはり見る目が変わってしまう。
ふだんはそんなことはまったくないのに、お酒が入ると気が大きくなるのかやたらケンカっ早くなるとか自分や他人の秘密をぺらぺらしゃべりだすとかいう人もちょくちょくいる。お酒が「狂気の水」とも呼ばれる所以だろう。
道路にお好み焼きを作っている人を見ると、自分の限界もわからないのかと不思議でならない。知人が「タクシーで吐いたら倍の金額をとられた」と憤慨していたことがあったが、狭い車内であの匂いに耐えなくてはならない運転手さんのほうがずっと気の毒だ。
うちの夫は“ざる”であるが、このあいだ初めて二日酔いになった。夜中の三時に帰ってきて、翌朝起きるなりトイレに直行。背中をさすりながら、「高いお金出して飲んだお酒、全部吐いちゃったね」「もう無茶な飲み方できる年じゃないってことよ」といじめてしまった。


とまあこんな私であるが、「私もお酒を飲めたらよかったのにナ」と思うことはたまにある。週末に夫がちょっといいお酒を飲んでほろ酔い気分でいるのを見ると、常に素の私はちょっぴりうらやましくなる。
私は甘いものが好きだけれど、ケーキやアイスクリームはいくら食べても嫌なことを忘れさせてはくれないものねえ……。