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2006年11月22日(水) 食事とトイレは……

新聞をぱらぱらやっていたら、「トイレにこもる女性たち」という見出しが目に留まった。便秘持ちはつらいワ……という話かと思ったら、まったく違った。
最近、会社のトイレの個室が用を足すためだけでなく気分転換のためのスペースとしても使用されるようになっている。中で仮眠をとったり、つめや眉の手入れをしたり、携帯メールを打ったり。個室を何十分も占拠する人がいてトイレが混むため、その目的外使用を自粛するよう貼り紙をする会社も増えてきた、という内容である。

「ああ、いるいる」と相槌を打ちながら読む。
以前いた職場に定時近くになると必ずトイレに立ち、三十分帰ってこない派遣の女性がいた。ある日の夕方、彼女と入れ違いで個室に入ったらシンナーの匂いが充満していてびっくり。中でマニキュアを塗り直していたらしい。すっかり乾くまではペンなんか持てないもの、そりゃあ席に戻ってこないはずである。
私の友人は休日出勤をした日にオフィスが入っているビルのトイレで覗きに遭った。ドアの向こうに人の気配を感じ、「ほかにも誰か来ていたのね」と思っていたら、天井とドアの間から男の顔が出てきたから腰を抜かした。幸いだったのは、便器の蓋に腰かけて携帯メールの最中だったことだ。
最近の公衆トイレはどこもとてもきれいである。いまやウォシュレットはめずらしくないし、ストッキングを履きかえるときに便利な足置き台がついている個室もある。化粧直しのためのパウダーコーナーは鏡が大きくて照明が明るい。清掃も行き届いていて、いつでも気持ちよく使用できる。
私自身はどれほど美しく清潔であろうと個室の中でうたた寝する気にはならないけれど、そういう人がいると聞いても不思議には思わない。

自宅以外のトイレの居心地がこのようによくなったのはここ十数年のことではないだろうか。それまでは公衆トイレと言えば「くさくて汚い」というイメージだった。
よくあんなトイレがあったもんだわと思い出すのは、電車のトイレだ。私が子どもの頃は和式便器の穴から線路の石が見えた。つまり、出したものはそのまま線路に落下する仕組みだったのだ。よって「停車中には使用しないでください」という注意書きがあった。
飛行機もしかり。むかしは汚物は外に放出し、空中分解していたのである(便器の穴を通して雲が見えた、ということはもちろんないが)。
いまでは考えられないことであるが、当時は乗り物のトイレは「そういうもの」だったのだ。

というように、トイレの様相は時代で変わるのだが、文化によってもずいぶん違ってくるものなのだということを実感したことがある。中国に行ったときである。
噂に聞いていた、ドアや隣との仕切りのないトイレに出会うことはなかったが、仰天したのは個室の鍵をかけない人、ドアをきちんと閉めない人がものすごく多いことだ。表示が「空き」になっているから、ドアが半分開いているから、となにも考えずにパカッとやると先客あり……ということが何度あったことか。
はなからドアを閉める気のない人も何人か見かけた。日本の和式トイレはドアに背を向けてしゃがむが、あちらのはドアに向かう格好になる。西安のケンタッキーで妙齢の女性が順番待ちをしている友人と談笑しながら用を足しているのを見たときはすごいショック。ど、どうしてドアを閉めないんですかああっ!?
「それを見られるのは恥ずかしい」という感覚は女性であるなら国籍、人種を問わない普遍的なものだと思い込んでいた。しかし現実には、髪を茶色に染め、かわいいストラップのついた携帯を持ち歩き、フライドチキンをほおばる、自分となんら変わらぬように見える女性が人前で用を足すことができるというこの摩訶不思議。
翌日旅行会社の現地の女性に話したところ、「ほんの十年くらい前までトイレにドアがないのは当たり前でしたからね」とのことで、彼女がその話にちっとも驚かなかったことに私はまた驚いたのであった。

しかし、外国の人に言わせると日本にも、日本人にとっての「ドアを開けたままトイレ」に匹敵する信じがたい習慣があるらしい。
去年香港に行ったとき、現地ガイドの女性が私に温泉に行ったことがあるかと尋ねてきた。もちろんと答えると、彼女も日本を旅行した際に近くの温泉地に寄ったことがあるという。しかし、お湯には浸からず帰ってきた、と彼女。
「あら、どうして?時間がなかったんですか」
「どういうものか見るだけで十分ですよ。人前で裸になるなんてぜったい無理です」
思い出しただけでも恥ずかしいというふうに首を振りながら言った。
香港には銭湯のような公衆浴場がないため、見ず知らずの人と一緒にお風呂に入るなんてとんでもないことのように思えるらしい。同じツアーの誰ひとり、挑戦してみようという人はいなかったのだそうだ。
以前、「オトコの前開き事情」というテキストの中で小用の仕方についてアンケートをとったら、女性だけの家庭で育ったという三十代の男性からの、
「トイレは個室でするものと習い、中学にあがるまでそう思い込んでいたため、大人になったいまでも朝顔ではできないし、人がしているのを見るのも恥ずかしい。みんなはその最中を人に見られるのが恥ずかしくないんでしょうか」
という回答があった。銭湯や温泉のない国の人が他人とお風呂に入るのを尻込みしてしまうのも同じ感覚なのだろう。


海外のトイレはドアの下のほうが何十センチも空いていて、外から足元が丸見えということが少なくない。犯罪防止のためとわかっていても、ドアを閉めれば他人の視線を完全に遮断できるトイレに慣れている私は落ちつかない。
それに、百貨店やホテルでも「我慢しよかな……」とひるんでしまうようなトイレにお目にかかる。

先日、買い物の最中にあるビルのトイレを借りたら、洋式便器の蓋が自動で開いてびっくり。センサーがついていたらしい。
世界広しと言えども、こんな公衆トイレがある国なんてそうはないのではないだろうか。
食事とトイレはやっぱり日本が一番、である。