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2006年03月31日(金) 夫婦の“家事”観

帰りにお茶を飲んで行こうよ、と同僚が言う。夫婦ゲンカの最中で、早く帰るのがしゃくらしい。
ケンカの原因は家事にケチをつけられたことだという。
彼女の夫はとてもきれい好きで、休みの日は頼まなくても掃除機を出してくるような人。ダイニングテーブルのイスを引っくり返し、一本一本足の裏についた埃まで吸い取るというから、掃除に関してはかなりの上級者である。
が、「そこまでしてくれたら助かるね」と感心する私に彼女は首を振る。いいことばかりではない。その分、妻の家事にもチェックが厳しいのである。
部屋にあれこれ物が出ている状態が嫌いで、出かけるとき、寝るときにはすべて引き出しなどにしまう。夕食の片づけが終わった後の調理台が濡れているのも気に食わない。昨夜はシンクの中にスポンジが転がっているのを見つけた夫に「こんなとこに置いとくなよ、汚いだろ!」と怒鳴られ、「転がり落ちただけでしょっ」「やることがいつも中途半端だからそう思われるんだ」と言い合いになったのだそうだ。
家事能力に長けた夫を持つと、それはそれで苦労があるらしい。

彼女の愚痴を聞きながら、私は夫の先輩が家に遊びに来たときのことを思い出した。
酒の肴を並べ、しばらく席を外してダイニングに戻ってきたら、テーブルの上がやけにすっきりしている。ふとシンクを見ると、空になった皿が積まれていた。
夫の仕事でないことは明らかだ。食べ終えたはなから下げなくてはならないほどテーブルが混雑していたわけでもないのにどうしてかしら?と不思議に思っていたら、先輩が夫に言った。
「おまえもたまには皿くらい洗えよ。それが嫌なら、食器洗浄機買ってあげるとかさ」
驚いた。彼の奥さんは専業主婦と聞いている。なのにお皿洗ったりするんですか?
「もちろん。俺ね、汚れた皿とか鍋とかすぐに洗わないと気がすまないの。テーブルの上とか流しにほうっておくのって気持ち悪いんだよね。彼女、食べるの遅いから、さっさと洗っちゃうんだ」
食べている横でカチャカチャと洗い物をしたらせわしない気分にさせてしまうだろうと思っていたのだが、そんな気遣いは無用のようだ。
こういう男性はときどきいるらしい。村上春樹さんのエッセイにも、奥さんから「片づけは後でいいから、もうちょっと座ってて私の話を聞いてよ」とよく怒られるとあったっけ。

さて、慌ててスポンジを掴んだ私はあっと声をあげた。
「さすがだわ、家事をする男性はやっぱり違う……」
油物の皿とそうでない皿を分けて重ね、水につけてあったのだ。
夫も半年にいっぺんくらい自分からすすんで食器を下げてくれることがあるが、悲しいかな、カレーの器と麦茶のコップを重ねたりする。水はたいていかけ忘れている。「こうしておけば洗いやすいだろう」という想像力は自分で洗った経験がないと生まれようがないのである。
その先輩は帰るとき、空き缶は水ですすぎ、ペットボトルはキャップを外してゴミをまとめてくれた。世の中にはこういう男性もいるのだ。


……とはいうものの。自分の夫がここまで気が利くというか家事に細かい人だとちょっとしんどいかもしれないなあと思ったのも本当。冒頭に書いた同僚夫婦のように、夫のほうが求めるレベルが高い場合はなおさらだ。家事をするのに抵抗がないとか上手とかいう夫はありがたいけれど、「この程度でよしとしよう」という合格ラインはだいたい一致していないと困る。
「自分も家事をやる代わりに妻にも注文をつける」と「自分はやらない代わりに少々のことには目をつぶる」となら、夫は後者のタイプだったほうが気楽。私は埃で死ぬ男の人より、埃じゃ死なない男の人のほうがいい。

もっとも、うちの夫ほど家事能力が欠如していたらそうも言っていられないけれど……。
男性が家事をする夫になるかどうかは、父親の家事参加度と結婚したときの状況によるところが大きいという。義父はタテのものをヨコにもしない人である。加えて結婚当初、私は失業手当をもらいながら職業訓練校に通うお気楽主婦だったため、家事の分担について話し合うこともなかった。いま思えば大失敗であった。

しかしながら、最近田辺聖子さんのエッセイを読んで一条の光が見えたような気がした。家事能力ゼロの男性と結婚した女性の話である。
結婚後、夫が卵を割ることもできない人だと知って目の前が真っ暗になったが、「一年にひとつ、何かできるようになってもらおう」と気を取り直し、最初の一年は「読んだ新聞を元通りにたたむ」を目標にした。すると夫は二年目にはふたつのことができるようになり、三年目には四つか五つのことができるようになった。そうして女性は少しずつ夫の生活自立度を高めていった……という内容だ。

「まあ、うちと同じレベルだわ。だったらうちも望みがないわけではないのかも」
そうだ、夫にも結婚生活五年半のあいだに妻に口うるさく言われ続けた末にできるようになったことが三つもあるのだ。
「風呂上がりにバスタオルをベランダに干す」
「自分が先に起きたとき、リビングのカーテンを開ける」
「脱いだワイシャツを洗濯カゴに入れる」
二年でひとつという恐るべきスローペースではあるが、千里の道も一歩から。五年後くらいにはトイレットペーパーが切れたら交換してくれる人になっているかもしれない。

私は夫に家事を手伝ってもらおうなんて大それたことは望んでいない。ただ、卵くらい割れる人になってもらいたいだけ……。
と言ったら、
「そのくらいできる」
と夫が憮然として言う。
「割るっていっても、叩き割るとかそういう意味とちゃうよ」
「バカにするな」
あ〜らそう。じゃあ今度やってみせてもらおうじゃないの。