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2005年10月10日(月) 一見さんには味わえない

友人とお茶を飲んでいたら、『電車男』の話になった。
彼女はパソコンを持っておらず、インターネットをまったくやらない。よって、しばしば人の口の端にのぼる「2ちゃんねる」をつい最近までNHKのことだと信じて疑わなかったほどのネット音痴である(関西ではテレビの2CHはNHKなのだ)。
そんな彼女まであのドラマを見ていたなんて。そりゃあ視聴率も高いはずだわ……と頷いたらなんのことはない、一度見ただけだと言う。

「とてもついていけんかった」
と彼女が言うのはまったく無理もないのだけれど、面白かったのは、彼女が2ちゃんねるで使用されている例の言い回しを「言い間違い」だと思い込んでいたことだ。
ドラマを見たことのない方のために説明すると、掲示板の住人がレスを書き込むシーンでは画面の下部に映画の字幕のように入力中の文字が表示されるのであるが、たとえば、


834 名前: 電車男  投稿日:04/03/22 16:28

今さっき、女性からティーカプーが届きますた

837 名前: Mr.名無しさん  投稿日:04/03/22 19:33

電話だ。お礼の電話しる!

838 名前: 電車男  投稿日:04/03/22 21:35

無理ぽ。電話さっきから握ってるけど、手が動かないんじゃー!ヽ(`Д´)ノウワァァン

839 名前: Mr.名無しさん  投稿日:04/03/23 02:36

もちつけ!もしダメでも藻前には失うものは無いはずだ

840 名前: 電車男  投稿日:04/03/23 11:38

おまいら……本当にありがとう。俺、がんがる

というようなやりとりを見て、彼女は「なんだこれは!誤字だらけじゃないか」とびっくりしたらしい。そういえば、エルメス役の伊東美咲さんも会見で「(元の掲示板を読んだとき)わからない言葉がたくさんありました」と言っていたっけ……。
日記読みをしているとこういう表現を好んで使う人はいくらでも見かけるから、私はとりたててなんとも思わなかったけれど、普段ネットに親しんでいない人たちの目にあの世界はものすごく奇異に映ったようだ。


さて『電車男』と言えば、最近テレビでよく秋葉原の特集が組まれている。先日見た番組では、週五日アキバに通っているという二十代の男性が案内役だった。
彼がアニメショップに並ぶ美少女キャラのフィギュアを愛しそうに手に取る。
「フィギュアを買うときは、こうして(箱を高く掲げ、下から覗き込むようにして)スカートまわりをチェックするんですよ」
女性リポーターがなにをチェックするのかと尋ねたところ、
「パンティーがリアルに再現されているかどうかです」
彼女がおそるおそる「……で、それを買って帰ってどうするんですか」と訊くと、
「触ったり眺めたり、ですね。気がついたら二、三時間経っちゃってます」
との答え。
「生身の女性とどっちがいいんですか」
「うーん、どっちですかねえ。向こうから好きって言ってくれるんだったら、そりゃあ悪い気はしないですけど……」
真剣に迷うところがすごい。

つづいて男性がテレビカメラを案内したのが、メイド喫茶である。
知り合いに行ったことがあるという男性がおり、彼が「俺はああいうのはちょっと……」と苦笑していたので、相当特殊な空間なんだろうと予想してはいたが、やはりかなりユニークで、しかしなかなか興味深い場所であった。
ゴシック&ロリータなメイド服を着た女の子たちが店の入り口で、満面笑みで「お帰りなさいませ、ご主人様!」とお出迎え。これは「いらっしゃいませ」に当たるメイド喫茶特有のあいさつだそう。メイドは主人に仕える者であるからして、メイド喫茶は主人の「家」という設定なのだ。
よって、帰りも「ありがとうございました」ではなく、「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」である。ちなみに女性客は「お嬢様」と呼ばれる。

おしぼりをひざまずいて渡してくれたり、アイスコーヒーのミルクとシロップを運んできたときに入れてかきまぜてくれたりはするが、体に触れたりスカートの中を覗いたりは厳禁、写真撮影もだめ。
「ご主人様」「メイド」「奉仕」なんて単語が並ぶと、つい卑猥な連想をしてしまいそうになるが、意外にもそういうところではないようだ。
それどころか、オプション料金を払った男性客がとろけそうな顔をしてメイドさんと「あっち向いてホイ!」(もっとも、掛け声は「ジャンケンポン!」「あっち向いて萌え!」である)に興じたり、店内のプリクラで記念撮影をしたりしている光景は異様ではあるのだけれど、不思議にほのぼのしている。メイドさんのいるカウンターに近い席は「萌え席」と呼ばれ、競争率が高いという話にも笑ってしまう。

そんなふうに私が比較的温かい目で見ることができたのは、彼らに「性愛」がまるで感じられなかったからである。「あわよくばものにしてやろう」的な露骨なものがない。
「メイド喫茶を支えるのは、恋愛弱者な男性の“臆病な恋愛感情”である」
と言ったのは経済アナリストの森永卓郎さんだが、たしかに彼らがメイドさんに抱く感情はアイドルに対する憧れやときめきに似ていて、アニメの美少女キャラのフィギュアを愛でるのと同じように仮想世界でのプチ恋愛で充足している------そんな印象を受けた。

とはいえ、「はっと我に返る瞬間はないのだろうか」という疑問は拭いきれなかったけれど。だって、成人男性が五百円払ってネコ耳をつけた女の子と「あっち向いて萌え!」なんだもの。
……いや、きっとそこには一見さんには味わえない醍醐味があるのだろう。“ご主人様”になりきれなかった私の知人が「居たたまれなかった」と言った気持ちは、とてもよくわかる。

* * * * *

ここまで書いて思い出した。そういえば、私もメイド服を着て仕事をしていたことがある。
袖口のふくらんだ黒のワンピースに白いエプロン、フリルのついたカチューシャというもろメイドな格好で……といっても怪しい店ではない、デパ地下で働いていたのだ。
スカート丈がいまいちだったので勝手に裾上げし、カチューシャが似合うよう内巻きのボブにしていたのを思い出す。

あ、いやいや、もう十年も昔の話ですから、どうぞご安心を(?)。