過去ログ一覧前回次回


2005年08月22日(月) 恥じらいのポイント

どんな行為を恥ずかしいこと、好ましくないこととしてタブーとするか。作法や行儀の良し悪しの判断は、所変わればずいぶん違う。

先日、テレビを見ていて驚いた。イギリス人の女性報道記者がブレア首相にインタビューをしていたのだけれど、その間ずっと彼女は足を組んでいたのである。
そういえば故ダイアナ妃が公式の場で足を組んでいる姿を何度か見たことがあったなあと思い出す。
日本ではあらたまった席や年齢、立場が上の人と話すときに足を組むのは非常識なこととされているから、部下が足を組んだまま上司の話を聞くことはないし、もしニュース番組のキャスターがそうして原稿を読んだら、視聴者から抗議の電話が殺到するに違いない。雅子さまが公務中に足を組んでいる姿はちょっと想像できない。
イギリスでは、それは相手に対して礼を欠いた行為ではないということだろう。

あるいは。片膝を立て食器を持たずに食事をしている女性がいたら、「なんて行儀の悪い!」とびっくりするが、韓国ではそれがマナーにかなった食べ方である。私たちは右手に箸、左手に茶碗を持って食べなさいと躾られたが、お隣りの国ではそれは無作法であるとみなされる。
同様に、ものを食べながら街を歩いたり公衆の面前でキスをしたりということも、日本では眉をひそめられる行為であるが、欧米ではどうということもないのだろう。
なにを正しい、好ましい、美しいと感じるかは文化や生活習慣に因り、万国共通ではないのだ。

……ということは重々承知しているつもりなのであるが。


前回、「欧米の女性は日焼けを恐れないらしい」と書いたが、そのこととも無関係ではないだろう、この時期に海外に行くと、街行く女性たちの露出度の高さに唖然としてしまう。
からっとしてはいるものの、ヨーロッパの夏も相当暑い。薄着になるのは当然なのであるが、しかしドイツでは「暑けりゃどんな格好してもええんかっ?」と突っ込みを入れたくなることが少なくなかった。

今回の旅であらためて確認したのは、欧米の女性と日本の女性とでは恥じらいを感じるポイントが違うということである。
たとえば、あちらの女性は下着を見られることに対する抵抗がかなり少ないのではないだろうか。
襟ぐりの大きく開いたTシャツやキャミソールを着ているのに、みな普通のブラジャーをしている。見せブラでもなんでもない、ベージュや薄ピンクのブラジャーのストラップをまともに見せており、私はううむと唸る。
「彼女たちには『肩紐は隠すもの』という意識がないのだろうか……」

ところで、最近日本では肩を出す格好をしている女性が透明のビニールブラ紐をしているのをよく見かけるが、私はつねづね不思議に思っていた。
彼女はストラップを見せたいと思ってそうしているのか、それとも見せまいと思っているのか。あのブラ紐をつけることでどうしたいと考えているのかがまるでわからないのだ。
見せたい、あるいは見えてもいいと思っているのなら、透明にする必要などないだろう。おしゃれな見せブラをつければいい話である。もし見せたくないのであれば、どうしてストラップレスのブラジャーにしないのか。それとも「透明なら見えないだろう」と思っているのだろうか。
あのビニールの肩紐は、見せるためのものにしては安っぽくて色気がないし、隠すためのものだとしたら中途半端。私にとって「ようわからんなあー」な代物である。

しかしながら、海の向こうの女性たちが「いかにも下着です」なブラジャーのストラップを平気で見せている中にいると、見せようとしてであれ見せまいとしてであれ、“下着を見られること”に気を配っているだけ透明ブラ紐を使う女性のほうがずっといいなあと思えてくる。

* * * * *

下着のみならず、その“中身”を見られることに対しても、日本の女性と比べたら羞恥を感じることが少ないのではないかとも思った。
海の向こうでもローライズのパンツが大流行していたが、イスに座ったり自転車に乗ったりしている女性がお尻のかなり深いところまでのぞかせていることがしばしばあった。
また、あちらの女性はたいてい胸が大きいが、その深い谷間を隠そうとはしない。とはいえ、「どう、すごいでしょ」と自慢しているわけでもなさそう。ただ無頓着なだけという感じなのだ。

日本人はあまりに肌を露出したり体の線を強調したりした格好をすることに、はしたなさを感じる。ファッションを見ていると中国や韓国の女性も私たちと近い価値観を持っているのではないかという気がするのだが、欧米の女性にはそういう感覚がないのではないだろうか。

これは文化の違いだから、どちらが好ましい、好ましくないという話ではない……けれど。
先日来日したチェ・ジウが報道陣にお辞儀をするとき、胸元にすっと手を持っていくのを見た。前かがみになって谷間がのぞくのを気にしてのことであろうが、こういう仕草が無意識に出る女性に安心感のようなものを覚える私だ。 (つづく