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2005年04月05日(火) 子どもの性教育はいつから?(中編)

※ 前編はこちら

二十数年前の、自分のときのことを思い出してみる。
私が小学校で性教育と呼ばれるものを受けたのはただ一度。五年生のある日、女の子だけが視聴覚室に集められ、月経に関するスライドを見せられたときである。
そして私たちはそれを見終わった後、保健の先生からこんな注意を受けた。

「いま配った冊子は男子には見せないように」

たしかにこれは、子どもたちに「それは恥ずかしいことなんだ、隠さねばならないんだ」という意識を植えつけかねない発言だ。いまは小学一年生から性教育を始める学校があるご時世だから、こんなことは言われないのだろう。が、たとえそれがおかしなことだとしても当時はそういう時代だった。
(男の子にいたっては、小学校での性教育はまったくなかったのではないかと思う。それとも、私たちが適当な名目でひそやかに集められたのと同じように、彼らにも女の子の知らないところでそういう機会が与えられていたのだろうか)

同世代の女性に聞いても状況にたいして違いはなく、学校だけでなく家庭でも性教育なるものはほとんどされなかったという人が少なくない。友人は初潮が来た日、母親からナプキンを渡されたが、「これを使いなさい」以上の説明がなかったため、何の疑いも持たずシールの面を体側に向けて装着していたという。
もちろん、ここまで放ったらかしの家庭はめずらしい。しかしながら、私自身もこのとき以外に母から何かを教えられたという記憶はない。
テレビでセックスシーンが出てくると、母はおもむろにチャンネルを変えた。父親の口から卑猥な冗談が飛び出すなんてこともまったくなかった。仲の良い家族だったが、性に関することをオープンに話すような雰囲気の家庭ではなかった。


しかしながら、そのために私が困ったり悩んだりしたことはない。それどころか、助かったとさえ思っている。
家庭で性の話をするということは、家族に自分の中の“女”をアピールすることであり、同時に親の中に「男」や「女」を見ることでもある。私はとにかくそれに拒否反応があったのだ。
兄か弟しかいない男性はご存知ないかもしれないが、女の子がいる家では娘が初潮を迎えたら、「一人前になった」ということで赤飯を炊いてお祝いするという風習がある。私の家では何もしなかったけれど、逆にそれがありがたかった。もしその日、母が小豆を買ってきていたら、私はなにがなんでも阻止したに違いない。そのことが父に知れるのはぜったいに嫌だった。

また中学生の頃、父が健康診断の問診表の設問に答えているのをなにげなく見ていたら、記入済みの項目の中に「性欲は正常にありますか」というのがあるのを見つけた。
いま思えば、当時四十歳くらいだったわけだからイエスと答えるのは当然なのだが、それまで父に“親”以外の顔があるなんて考えたことがなかったため、嫌悪感とも呼べるくらいのショックを受けたのだった。
だから、友人から「夜中に目を覚ましたら両親の寝室からその“気配”を察してしまい、怒りが湧き起こった」という話を聞いたときもその気持ちがとてもよく理解できた。


こんな私であるから、年頃になり性に関する疑問や悩みができたときも親に話そうとはまったく考えなかった。これがそちら方面の話題が一切出てこない家庭に育ったせいなのか、私の性格のせいなのかはわからない。
しかしいずれにせよ、あるべき親子の姿でなかったというふうには思っていない。好ましいことであるかどうかは別にして、親には言いたがらず友人や男友達に相談して解決を図ろうとする、そのほうがむしろ年頃の娘の心理としては自然なのではないかという気さえしている。 (つづく